田平天主堂
田平天主堂(たびらてんしゅどう)は、長崎県平戸市田平町小手田免にあるカトリック長崎教区の教会ならびにその聖堂である。正式にはカトリック田平教会(カトリックたびらきょうかい)、所在地にちなんで瀬戸山天主堂とも呼ばれる。国の重要文化財に指定されている。
| 田平天主堂 | |
|---|---|
| カトリック田平教会 | |
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| 所在地 | 長崎県平戸市田平町小手田免19 |
| 国 |
|
| 教派 | カトリック教会 |
| 歴史 | |
| 守護聖人 | 日本二十六聖人 |
| 管轄 | |
| 教区 | カトリック長崎大司教区 |
| 教会管区 | カトリック長崎教会管区 |
| 聖職者 | |
| 主教 (司教) | ペトロ中村倫明 |
| 主任司祭 | ミカエル中村満 |
平戸市田平町西部の開けた丘陵地の上に立つ赤煉瓦造りの教会からは平戸瀬戸とそこに架かる平戸大橋が望め、写真や絵画の題材としてもよく用いられている。
教会の保護者
沿革
明治時代にパリ外国宣教会のラゲ神父、ド・ロ神父らが私費で荒れ地を購入。そこに8家族を九十九島の黒島(佐世保市)や西彼杵半島の長崎市外海地区(小田平集落)等から移住させたのが田平天主堂の信者の最初である[1]。 当時は6畳ほどの集会所であったが、1879年(明治12年)に仮聖堂が造られる。その後も信者数が増え、1914年(大正3年)に着任した中田神父のときに天主堂の建立が計画され、1918年(大正7年)、信徒たちが開墾した瀬戸山の地に、教会堂を得意とした棟梁鉄川与助の設計及び施工により建立される。5月にコンバス司教によって「日本二十六聖殉教者」に捧げて献堂された。総工費に2万円を要した[2]。
戦時中には天主堂の半分が兵舎として使われたことから、米軍による機銃掃射を浴びせられた。
2003年(平成15年)に重要文化財となる。
建築概要
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田平天主堂(側面)
所在地
〒859-4824 長崎県平戸市田平町小手田免19番地
入堂に際しての注意点(掲示板より)
- 堂内では帽子を脱ぎ、私語を慎むこと。
- 堂内にある物に触れないこと。
- 柵内、内陣(祭壇域)に入らないこと。
- 堂内で飲食、喫煙、飲酒しないこと。
- 堂内の写真撮影は原則禁止。
- ミサ、冠婚葬祭などが行われている時は入堂しないこと。
周辺情報
- 長崎県立北松農業高等学校
- たびら昆虫自然園
- 田平公園
- 平戸大橋
関連項目
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