疋田駅
疋田駅(ひきだえき)は、かつて福井県敦賀市疋田に存在した日本国有鉄道(国鉄)柳ヶ瀬線の駅である。
| 疋田駅 | |
|---|---|
![]() 疋田駅ホームの石積み遺構(2016年8月) | |
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ひきだ Hikida | |
![]() | |
| 所在地 | 福井県敦賀市疋田 |
| 所属事業者 | 日本国有鉄道(国鉄) |
| 所属路線 | 柳ヶ瀬線 |
| キロ程 | 20.3 km(木ノ本起点) |
| 電報略号 | ヒキ |
| 駅構造 | 地上駅 |
| 開業年月日 | 1882年(明治15年)3月10日 |
| 廃止年月日 | 1964年(昭和39年)5月11日 |
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*この間に鳩原信号場あり(当駅より2.7 km先)。 | |
概要
北陸本線が長浜から金ヶ崎(敦賀港駅)まで延伸した時に設置された。1957年(昭和32年)に本線が路線変更になったため支線の駅となった。駅の北側に新旧合流地点があり、本線との振り分けはそれより更に敦賀よりに新設された鳩原信号場で制御された。その後、1963年(昭和38年)に衣掛隧道ループ線が本線上り用として開通すると、敦賀 - 新旧合流地点までは本線下り線用となり、柳ヶ瀬線として共用していた敦賀 - 当駅間は休止扱いとされ、国鉄バス路線に転換となった。そして、翌年5月には柳ヶ瀬線そのものが全線廃線となった。
新疋田駅はこの駅より700m離れた山間部に位置し、当初は併存していたこともあり代替駅とは見なされない。当駅 - 新疋田間の連絡バスもなかった。乗客の流れも新疋田駅には向かわず、敦賀 - 当駅間代替バスの需要が主だったが、国鉄バスを引き継いだJRバスは2002年に廃線。現在は敦賀市コミュニティバス愛発線が運行されている。
歴史
利用状況
| 年度 | 1日平均乗車人員 |
|---|---|
| 1957年(昭和33年) | 151 |
| 1958年(昭和34年) | |
| 1959年(昭和35年) | |
| 1960年(昭和36年) | 71 |
| 1961年(昭和36年) | 30 |
| 1962年(昭和37年) | 47 |
| 1963年(昭和38年) | 26 |
| 1964年(昭和39年) | 61 |
駅跡地

当駅 - 雁が谷駅路盤は国鉄バス専用道路に転用されたが北陸道建設時に明け渡した。上り線ホームは支線移行時に更地に、生き残った下り線ホームには愛発幼稚園が建てられ、現在は公民館となっているが、当時のホームの石積みが残っている。さらに駅跡から200 mほど西には、当時のレンガ積みのアーチ状の水路遺構も残る。麻生 - 当駅間では旧柳ヶ瀬線と旧国道8号がところどころで交錯していたが大半は谷間の両側に位置していて現在の国道8号とはほとんど一致しない。今では農道もしくは川沿いの茂みと化している。旧麻生トンネルは切り通し化された。更新の遅れか、国土地理院の地図でも旧線が廃止になるまで新線は記載されなかった。2018年(平成30年)10月、駅跡地に駅名標を模した看板が設置された[2]。
脚注
- 「通報 ●北陸本線木ノ本・敦賀間の新線開業について(営業局)」『鉄道公報』日本国有鉄道総裁室文書課、1957年9月27日、6面。
- “廃線の国鉄疋田駅ホームに駅名標 旧柳ケ瀬線、鉄道ファンへ忠実復刻”. 福井新聞 (福井新聞社). (2018年10月18日). オリジナルの2020年9月28日時点におけるアーカイブ。 2022年6月1日閲覧。
外部リンク
- 「旧柳ヶ瀬線」 広報誌 つるがの四季 No.101 平成25年度(PDF) - 日本原子力研究開発機構(JAEA)敦賀事業本部

