石井省一郎
石井 省一郎(いしい しょういちろう、1842年2月8日(天保12年12月28日) - 1930年(昭和5年)10月20日)は、幕末の小倉藩士、明治期の内務官僚、政治家。官選県知事、貴族院勅選議員。錦鶏間祗候[1]。
| 石井省一郎 いしい しょういちろう | |
|---|---|
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| 生年月日 | 1842年2月8日 |
| 出生地 |
(現・福岡県北九州市) |
| 没年月日 | 1930年10月20日(88歳没) |
| 前職 | 熊本県権令心得 |
| 所属政党 | 同和会 |
| 称号 |
旭日重光章 正四位 |
| 在任期間 | 1897年12月23日 - 1930年10月20日 |
| 在任期間 | 1891年4月24日 - 1892年11月16日 |
| 在任期間 | 1884年2月26日 - 1891年 |
経歴
豊前国企救郡(現・福岡県北九州市)において小倉藩士の家に生まれる。第二次長州征討において長州藩との停戦に尽力した。
明治2年(1869年)、明治政府に出仕し民部官書記となる。以後、民部兼大蔵大録、監督大佑、庶務大佑、土木権正、土木権頭、内務権大書記官などを歴任し、1877年、初代の内務省土木局長に就任。「土木の石井」と称された[2]。その後、西南戦争時に熊本県権令心得として務めた。
1884年2月に岩手県令に就任。以後、岩手県知事、茨城県知事を歴任。1896年1月16日、錦鶏間祗候を仰せ付けられた[3]。1897年12月23日、貴族院勅選議員に任じられ[4]、同和会に属し死去するまで在任した。墓所は青山霊園。
栄典・授章・授賞
- 位階
- 勲章等
脚注
- 「故正四位勲二等石井省一郎叙勲ノ件」 アジア歴史資料センター Ref.A10113074000
- 参考文献『新編日本の歴代知事』120頁。
- 『官報』第3763号、明治29年1月17日。
- 『官報』第4346号、明治30年12月24日。
- 『官報』第1003号「叙任及辞令」1886年11月1日。
- 『官報』第2584号「叙任及辞令」1892年2月15日。
- 『官報』第555号「賞勲叙任」1885年5月11日。
- 『官報』第1929号「叙任及辞令」1889年12月2日。
- 『官報』第1218号「叙任及辞令」1916年8月21日。
参考文献
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