石本貞直
石本 貞直(いしもと さだなお、1888年(明治21年)2月18日[1] - 1965年(昭和40年)8月30日[1])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。功四級[2]
| 石本 貞直 | |
|---|---|
| 生誕 |
1888年2月18日 |
| 死没 | 1965年8月30日(77歳没) |
| 所属組織 |
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| 軍歴 | 1910年 - 1945年 |
| 最終階級 |
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経歴
1888年(明治21年)に高知県で生まれた[1]。陸軍士官学校第22期卒業[1]。1937年(昭和12年)8月に陸軍歩兵大佐に進級し[2]、9月に歩兵第1連隊留守隊長に就任した[2]。1938年(昭和13年)に台湾歩兵第1連隊長を経て[2]、1939年(昭和14年)8月に陸軍少将に進級し[2]、留守第11師団司令部附となった[2]。
同年10月に第40歩兵団長に転じ[2]、日中戦争に出動[1]。宜昌作戦に参加した[1]。1940年(昭和15年)に第4歩兵団長に転じ[1]、1941年(昭和16年)に第62独立歩兵団長を経て[1]、1943年(昭和18年)に釜山要塞司令官兼釜山陸軍軍需輸送統制部長に就任した[1]。1944年(昭和19年)5月に陸軍中将に進級し[2]、新設された第50師団長に親補される[1]。台湾・屏東で終戦を迎えた[1]。
参考文献
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