石田正
来歴・人物
旧制開成中学、旧制第一高等学校を経て、1933年 東京帝国大学法学部卒業。同年に大蔵省に入省(大臣官房文書課に配属[3])。1945年4月13日に広瀬大蔵大臣秘書官(事務担当)。1947年11月19日に理財局為替第一課長。1948年7月5日に理財局外資部長。1949年3月15日に理財局外資部長兼理財局国庫課長。同年6月1日に大臣官房調査部長[注 1]。その後、主税局税関部長、理財局長、官房長、為替局長を経て、1957年11月15日に銀行局長となり、1959年6月23日に大蔵事務次官に就任。1961年5月30日まで務めた。この間、理財局長時代の1953年2月、接収解除貴金属及びダイヤモンド関係事件に関し衆議院行政監察特別委員会に証人喚問された[4]。
その後、国民公庫総裁、日本輸出入銀行総裁、中国地方開発審議会委員[5]などの要職を歴任した。
脚注
注釈
- 調査部は組織再編により、1952年8月1日に調査課、1967年7月25日に調査企画課、2000年4月1日に総合政策課となっていく。
出典
- 『現代財界家系譜 第2巻』1969年発行
- 『朝日新聞』(東京本社発行)1979年3月5日朝刊、23面の訃報より。
- 『日本官僚制総合事典』東京大学出版会、2001年11月発行、296頁
- 第15回国会 衆議院 行政監察特別委員会 第6号 昭和28年2月21日
- 中国地方開発推進計画
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