神田駿河台
神田駿河台(かんだするがだい)は、東京都千代田区の町名。住居表示は未実施。現行行政地名は神田駿河台一丁目から神田駿河台四丁目。郵便番号は101-0062[2]。
神田駿河台 | |
|---|---|
![]() | |
![]() 神田駿河台 神田駿河台の位置 | |
| 北緯35度41分57.68秒 東経139度45分49.47秒 | |
| 国 |
|
| 都道府県 |
|
| 特別区 |
|
| 地域 | 神田地域 |
| 人口 | |
| • 合計 | 568人 |
| 等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
| 郵便番号 |
101-0062[2] |
| 市外局番 | 03[3] |
| ナンバープレート | 品川 |
| ※座標は神田駿河台二丁目付近 | |
地理
御茶ノ水駅の南側の地域である。千代田区・神田地域の北に位置し、文京区(本郷・湯島)との区境に当たる。「駿台(すんだい)」との略称も存在する。御茶ノ水駅周辺は大学や専門学校、予備校などの教育機関が集中しており、隣接する神田神保町・神田三崎町・湯島は日本最大の学生街を形成している。
歴史
地名の由来
元和2年(1616年)4月17日、徳川家康が駿府城で死去すると、家康に属していた「駿府詰」の家臣の多くが江戸に戻ってくるようになった[4]。幕府は、これら家臣の屋敷として、新しく開発されていた神田台を割り当てた(これら家臣のための宅地を開発する目的で、神田台の開発を行ったという説もある)[4]。神田台は駿府詰だった人々が多く住むようになり、駿河台と呼ぶようになったという[5]。
沿革
もとは本郷台地と連続していたが、江戸幕府二代将軍・徳川秀忠の命を受けた仙台藩祖・伊達政宗が1620年(元和6年)に仙台堀(神田川)の開削によって分離した[6][7][8][9][10]。また、削って下町を埋めたために、今では台地では無い所もある。
関東大震災の復興区画整理事業の第1号地となった。戦前の旧神田区時代は、明治の元勲である西園寺公望が私邸を構えるなど、山の手の住宅街として知られていたが、1970年代に入ると民家が主としてオフィスビル、店舗などに取って変わられ現在では住宅の存在が稀になった。
1960年代には御茶ノ水駅から本郷通り沿い周辺を中心として学生相手の店が多くなり始めた事もあって日本のカルチェ・ラタンと呼ばれた[11]。
年表
- 1878年(明治11年)11月2日 - 郡区町村編制法施行により、駿河台南甲賀町、駿河台北甲賀町、駿河台袋町、駿河台東紅梅町、駿河台西紅梅町、駿河台鈴木町が東京府神田区に編入される。
- 1933年(昭和8年) - 関東大震災後の市区改正により町名改正を行う。
- 駿河台南甲賀町→神田駿河台一丁目・二丁目に編入
- 駿河台北甲賀町→神田駿河台一丁目・三丁目に編入
- 駿河台袋町→神田駿河台一丁目・二丁目に編入
- 駿河台東紅梅町→神田駿河台四丁目に編入
- 駿河台西紅梅町→神田駿河台二丁目に編入
- 駿河台鈴木町→大部分を神田駿河台二丁目に編入
- 淡路町一丁目→一部を神田駿河台三丁目に編入
- 淡路町二丁目→一部を神田駿河台四丁目に編入
- 裏猿楽町→一部を神田駿河台二丁目に編入
- 猿楽町三丁目→一部を神田駿河台二丁目に編入
- 1934年(昭和9年)
- 駿河台鈴木町の残部が三崎町一丁目に編入される。
- 1967年(昭和42年)4月1日 - 神田駿河台二丁目の一部で住居表示を実施し、町名を変更する[12]。
- 1969年(昭和44年)4月1日 - 神田駿河台二丁目7番地[13]で住居表示を実施し、町名を変更する[14]。
世帯数と人口
2017年(平成29年)12月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
| 丁目 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 神田駿河台一丁目 | 59世帯 | 64人 |
| 神田駿河台二丁目 | 264世帯 | 321人 |
| 神田駿河台三丁目 | 48世帯 | 103人 |
| 神田駿河台四丁目 | 42世帯 | 80人 |
| 計 | 413世帯 | 568人 |
小・中学校の学区
区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[15]。なお、千代田区の中学校では学校選択制度を導入しており、区内全域から選択することが可能[16]。
| 丁目 | 番地 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|---|
| 神田駿河台一丁目 | 全域 | 千代田区立お茶の水小学校 | 千代田区立麹町中学校 千代田区立神田一橋中学校 |
| 神田駿河台二丁目 | 全域 | ||
| 神田駿河台三丁目 | 1番地、3番地 5番地、7番地 9番地、11番地 | ||
| その他 | 千代田区立昌平小学校 | ||
| 神田駿河台四丁目 | 2番地、4番地 6番地 | ||
| その他 | 千代田区立お茶の水小学校 |
施設
- 教育
- 明治大学駿河台キャンパス
- 駿台予備校(駿台グループ本部)
- 専門学校東京デザイナー学院
- 日本大学関連施設(理工学部、歯学部、カザルスホール等)
- 中央大学駿河台キャンパス
- 企業・法人
- 日本BS放送(BS11)
- 三井住友海上駿河台ビル(三井住友海上火災保険本社)
- 中央労働金庫
- 労働金庫連合会
- 日本大学病院
- 佐々木研究所(杏雲堂病院)
- 東京基督教女子青年会(YWCA)
- 山の上ホテル
- 古今書院
- 連合会館(日本労働組合総連合会本部)
- 宗教施設
- ニコライ堂(東京復活大聖堂 日本ハリストス正教会首座主教座)
明治大学リバティタワー
山の上ホテル
古今書院
三井住友海上駿河台ビル
ニコライ堂
出身・ゆかりのある人物
政治家・経済人
脚注
- “町丁別世帯数および人口(住民基本台帳)”. 千代田区 (2017年12月6日). 2018年1月2日閲覧。
- “郵便番号”. 日本郵便. 2019年8月30日閲覧。
- “市外局番の一覧”. 総務省. 2018年1月2日閲覧。
- 千代田区役所 1960, p. 504.
- 千代田区役所 1960, pp. 504–505.
- 第五章 神田川山脈「御茶ノ水の茗渓」 (PDF) (川副秀樹 著、『東京「消えた山」発掘散歩』 pp.80-83)
- 首都圏みやぎゆかりの地「仙台堀(神田川)」(宮城県)
- 地下鉄の駅名に見る江戸のなごり(その2) (PDF) (社団法人日本地下鉄協会「SUBWAY 日本地下鉄協会報 第194号」 2012年8月31日発行)p.48-50
- J-BECレポート 2013 vol.8 (PDF) (一般財団法人橋梁調査会) p.33
- 緑と水のひろば No.68 SUMMER 2012 (PDF) (公益財団法人東京都公園協会)
- “広報千代田 No.1571 令和4年(2022年)7月5日号” (PDF). 千代田区役所. p. 1. 2023年3月23日閲覧。
- 同年4月11日、自治省告示第81号
- 住居表示実施地区と未実施地区一覧 千代田区
- 同年7月2日、自治省告示第113号
- “区立小学校の通学区域”. 千代田区 (2017年8月17日). 2018年1月2日閲覧。
- “区立中学校の通学区域と学校選択”. 千代田区 (2017年10月26日). 2018年1月2日閲覧。
- 2017年12月1日閲覧
- 『大衆人事録 第19版 東京篇』こ326頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年1月24日閲覧。
- 『人事興信録 第14版 上』コ92頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年11月2日閲覧。
- 『人事興信録 第10版 上』コ93 - 94頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年11月2日閲覧。

