祥興
改元
元年5月1日、衛王即位により立年改元。2年2月6日、崖山の戦いに敗れた衛王が入水して没し、南宋は完全に滅亡する。
なお定説では『宋史』及び『続資治通鑑』などの史書に依拠し、1278年改元とするが、1279年旧正月に踰年改元したとする説もある。『元史』は黄華の称した私年号について、1283年を「5年」としているが、この場合1279年改元が符合する。
私年号の出典
- 『元史』巻12 本紀第12 世祖9
- (至元二十年冬十月庚子)建寧路管軍総管黄華叛,衆幾十万,号頭陀軍,偽称宋祥興五年,犯崇安、浦城等県,圍建寧府。
参考文献
- 李崇智 『中国歴代年号考 修訂本』(北京:中華書局,2001年1月) ISBN 7101025129 168, 199ページ。
- 柏楊『中国歴史年表』(海口: 海南出版社, 2006年11月) ISBN 7544318656 584 - 585ページ。
- 鄧洪波編 『東亜歴史年表』(台北:台湾大学出版中心,2005年3月) ISBN 9860005184 216ページ。
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