福島稲荷神社
福島稲荷神社(ふくしまいなりじんじゃ)は福島県福島市宮町にある神社である。
| 福島稲荷神社 | |
|---|---|
![]() 福島稲荷神社 | |
| 所在地 | 福島県福島市宮町5番2号 |
| 位置 | 北緯37度45分20.13秒 東経140度28分7.52秒 |
| 主祭神 |
豊受比売命 大国主命 事代主命 |
| 社格等 | 県社 |
| 創建 | 永延元年(987年) |
| 本殿の様式 | 流造 |
| 例祭 | 10月9日 |
| 地図 |
![]() 福島稲荷神社 |
概要
福島旧城下町の総鎮守であり、旧福島町を氏子範囲とする。福島中心市街地に立地し、大祭や初詣で多くの市民が訪れる。「御神狐」と呼ばれる狐の木造がある[1]。
現在の社殿は明治神宮宝物殿や神田神社本殿の設計、日光東照宮の修理などを手がけた大江新太郎の設計によるもので、1938年(昭和13年)に竣工した。
表参道と西参道の二基のヒノキ大鳥居は、明治神宮創建の際建立された東玉垣鳥居と西玉垣鳥居で、明治神宮の格別の計らいにより1965年(昭和40年)に交付1966年(昭和41年)に移築された[2]。福島稲荷神社の二基のヒノキ大鳥居は、木の色を生かしつつ修復しながら、創建時に近い形を保ち続けている[3]。 当時の明治神宮宮司であった元伯爵甘露寺受長謹書「福島稲荷神社」の扁額が掲げられている。
沿革
- 987年(永延元年) - 安倍晴明が奥州に下向した際、信太明神を勧請したことに始まる(現在の神社の由緒書きでは伊勢の外宮の豊受比売大神を勧請したとする)。
- 1171年(承安元年) - 晴明の孫の安倍晴明が社殿を改築した。
- 天正および慶長の兵火で社殿が焼失する。
- 1624年(寛永元年) - 板倉重憲が社殿を修営。
- 1689年(元禄2年) - 福島藩主堀田正仲により本殿。
- 1692年(元禄5年) - 現在の絵馬殿にあたる拝殿を堀田正仲により再建した。
- 1740年(元文5年) - 同じく福島藩主の板倉勝里が社殿を造営した。「御神狐」もこの時代に奉納された[1]。
- 1895年(明治28年) - 県社に昇格する。
- 1938年(昭和13年) - 現在の社殿が竣工した。
- 1966年(昭和41年) - ヒノキの大鳥居(二基)が明治神宮より移築された。
- 2011年(平成23年) - 3月11日に発生した東日本大震災により「御神狐」が損傷を受ける[1]。
- 2021年(令和3年)
- 2022年(令和4年) - 3月16日に福島県沖地震が再発し、前年に続いて再び石灯籠が倒壊するなどの被害が出た[8]。前年の地震で崩れて復旧した直後に再び被災した灯籠もあった[8]。
史跡
エピソード
1986年2月3日、フジテレビ系のバラエティ番組『夕やけニャンニャン』が、系列局である福島テレビでネット開始されることになり生中継が行われた。当日開催された節分祭には、おニャン子クラブのメンバーである国生さゆり、渡辺美奈代、白石麻子の3人が、当時の福島市長だった吉田修一たちと豆まきに参加し、3千人の中・高校生が集まった[9][10]。
脚注
- 日本放送協会. “地震で傷ついた「御神狐」修復終了 作られた当時の色も判明|NHK 福島県のニュース”. NHK NEWS WEB. 2021年9月1日閲覧。
- 100年の森 明治神宮物語 記憶(4)日本と台湾を結ぶ大鳥居 (産経新聞)
- 福島稲荷神社と同時期にさいたま市の氷川神社も明治神宮から一基のヒノキ大鳥居が奉納されている。境内の装飾に合わせて朱色に化粧直して移築されている。
- “地震の被害状況について(速報)”. www.fukushima-inari.com. 福島稲荷神社 公式ホームページ. 2023年3月15日閲覧。
- “2月13日 福島県沖大地震被害状況”. 福島民報社. 2023年3月15日閲覧。
- 福島では落ちてきた岩と乗用車が衝突 全国で151人がけが - YouTube
- 灯籠が落下し、乗用車が大破=福島稲荷神社提供 - YouTube (朝日新聞デジタル)
- “福島稲荷神社、2年続けて石灯篭倒壊”. 産経新聞 (2022年3月17日). 2023年3月15日閲覧。
- 『福島民報』1986年2月3日付朝刊、5面、福島テレビ広告。
- 『福島民報』1986年2月4日付朝刊、17面。
外部リンク
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