秦州 (江蘇省)
歴史
550年8月(大宝元年7月)、侯景により南兗州から秦郡が分割されて西兗州が設置された[1]。州治は秦県に置かれた。552年(太清6年)、南朝梁により西兗州は秦州と改称された。
555年(南朝梁の紹泰元年・北斉の天保6年)、秦州は北斉に占領され、秦郡から瓦梁郡が分割された。以降、秦州はこの2郡を管轄することとなった。
573年(北斉の武平4年・南朝陳の太建5年)、秦州を占領して南朝陳は秦州を廃止され、瓦梁郡を秦郡に編入して南譙州の管轄とした。
出典
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(中国語)『『欽定古今図書集成』経済彙編 第一百巻』。ウィキソースより閲覧。
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