笠原忠造
経歴
長野県長野市に、薬種商を営む笠原十兵衛の長男として生まれる[3]。1906年(明治39年)、東京帝国大学法科大学英法科を卒業し、長野市に弁護士事務所を開いた[3]。弁護士業のかたわら、長野市会議員、同議長、長野県会議員、同議長を務めた[4]。
1912年(明治45年)、第11回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。第15回衆議院議員総選挙でも再選を果たした。
脚注
- 『第拾壱回改選 代議士銘鑑』、国華新聞社、1912年。
- 『官報』第4270号、大正15年11月16日。
- 『人事興信録』
- 『衆議院議員略歴』
参考文献
- 『第一回乃至第二十回総選挙 衆議院議員略歴』衆議院事務局、1940年。
- 人事興信所編『人事興信録 第7版』人事興信所、1925年。
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