第17回ジャパンボウル
第17回ジャパンボウルは、1992年1月12日に東京ドームで行われたカレッジフットボールのオールスター東西対抗戦。東軍が14-13で2年ぶり6回目の勝利をあげた[2]。東軍のヘッドコーチはテネシー大学のジョニー・メジャーが務めた<re name="tampa"/>。
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| 開催日 | 1992年1月12日 | ||||||||||||||||||
| スタジアム | 東京ドーム | ||||||||||||||||||
| 開催地 | 東京都 | ||||||||||||||||||
| 入場者数 | 50,000 | ||||||||||||||||||
試合経過
西軍は前半にジョー・ウッド(Joe Wood)の2本のFGで先制し[3]、第3Qにはハイズマン賞に選ばれたブリガムヤング大学のQBタイ・デトマーの4ヤードのTDランで13-0とリードした[2]。
東軍は第4Qにアイオワ大学のQBマット・ロジャースのパスをミシガン大学のLBエリック・アンダーソンがインターセプト、オハイオ州立大学のRBスコッティ・グレアムが残り8分にタッチダウンをあげて7-13と追い上げた[1]。
東軍はさらに東カロライナ大学のジェフ・ブレイクが13ヤードのパスをパット・エバンズ(Pat Evans)に通し、スコッティ・グレアム、シラン・ステイシー、ウィリー・マクレンドンがボールを1ヤード地点まで前進させた[3]。残り約3分にアラバマ大学のケビン・ターナーが1ヤードを走ってタッチダウン、マイアミ大学のKカルロス・ウェルタがトライフォーポイントを決めて、14-13で東軍が14-13で逆転勝利を収めた[1]。MVPにはデトマーが選ばれた[2]。デトマーはパス22回中11回成功と成功率は50%であったが5連続パス成功やタッチダウンランをあげた[4]。
脚注
- “East all-stars rally to win Japan Bowl”. tampabay.com (1992年1月13日). 2022年5月27日閲覧。
- アメフト ジャパンボウル12日 東 軍が1点差で逆転勝ち 読売新聞 1992年1月13日 朝刊21ページ
- “East 14, West 13”. UPI通信 (1992年1月12日). 2022年5月27日閲覧。
- デトマー本領はチラリ ジャパンボウル 朝日新聞 1992年1月13日東京朝刊25ページ
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