絹の台
絹の台(きぬのだい)は、茨城県つくばみらい市の地名。一丁目から七丁目まである。小絹土地区画整理事業により1989年(平成元年)7月30日に小絹、筒戸の各一部より新設された。郵便番号は300-2436。
絹の台 | |
|---|---|
![]() 絹の台三丁目 | |
![]() 絹の台 絹の台の位置 | |
| 北緯35度58分27.26秒 東経139度58分34.42秒 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 市町村 |
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| 人口 | |
| • 合計 | 3,558人 |
| 等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
| 郵便番号 |
300-2436 |
| 市外局番 | 0297[2] |
| ナンバープレート | つくば |


地理
つくばみらい市西部に位置し、全域が常総ニュータウン絹の台地区である。総面積85haで、車道区間と歩行者専用道路区間の入り交じるやすらぎの小路をはじめ、街路樹やカーブを用いて車の進入速度を抑えたり、統一感のある落ちついた街並を形成し、常総ニュータウンを代表する住宅街となっている。また、一丁目に市立小絹中学校、三丁目に桜の名所である絹の台桜公園・絹の台駐在所がある。常総ニュータウン北守谷地区とはせせらぎの小路を挟んで繋がっている。
東は筒戸、西は守谷市松前台、南は守谷市久保ケ丘、北は小絹と接している。また、鬼怒川を挟んだ対岸に常総ニュータウンきぬの里地区がある。
歴史
かつては小絹、筒戸の各一部で、森林や畑が広がる地域であった。昭和末期になると常総ニュータウンの一地区として、小絹土地区画整理事業(計画人口7,400人)が行われ、1989年(平成元年)7月30日の街開きと共に「絹の台」として独立。全域が住宅街として人口が増え、1994年(平成6年)4月1日には地域内に小絹中学校が開校している。
地名の由来
従前の地名である「小絹」、地域の西を流れる「鬼怒川」、そして「絹の道」にちなんで「絹の台」とした[4]。
沿革
町名の変遷
| 実施後 | 実施年月日 | 実施前(各大字ともその一部) |
|---|---|---|
| 絹の台一丁目 | 1989年7月30日 | 小絹 |
| 絹の台二丁目 | 小絹、筒戸 | |
| 絹の台三丁目 | 小絹、筒戸 | |
| 絹の台四丁目 | 筒戸 | |
| 絹の台五丁目 | 小絹、筒戸 | |
| 絹の台六丁目 | 小絹、筒戸 | |
| 絹の台七丁目 | 小絹 |
世帯数と人口
2017年(平成29年)8月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
| 丁目 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 絹の台1丁目 | 201世帯 | 500人 |
| 絹の台2丁目 | 179世帯 | 423人 |
| 絹の台3丁目 | 490世帯 | 1,228人 |
| 絹の台4丁目 | 1世帯 | 3人 |
| 絹の台5丁目 | 309世帯 | 595人 |
| 絹の台6丁目 | 312世帯 | 809人 |
| 計 | 1,492世帯 | 3,558人 |
交通
首都圏新都市鉄道つくばエクスプレス・関東鉄道常総線守谷駅や小絹駅を結ぶ路線バスと、つくばみらい市コミュニティバス「みらい号」が地域内を走っている。
- 路線バス
地域内には「絹の台」、「小絹中学校」の2つの停留所がある。
| 系統 | 主要経由地 | 行先 | 運行会社 |
|---|---|---|---|
| 絹の台 | 小絹駅 | ■関鉄 | |
| 急行 | 小絹中学校・きぬの里・自然博物館入口 | 岩井B.T | |
| 急行 | 小絹中学校・きぬの里・自然博物館入口 | 猿島B.T | |
| 絹の台・せせらぎの小路・御所ケ丘小入口 | 守谷駅西口 | ||
| 小絹中学校・せせらぎの小路・御所ケ丘小入口・立沢 | 守谷駅西口 | ||
- コミュニティバス
地域内には「絹の台集会所前」、「絹の台」、「白石整形外科クリニック前」、「小絹中学校前」の4つの停留所がある。
| 系統 | 主要経由地 | 行先 | 運行会社 |
|---|---|---|---|
| 北西(右) | 谷和原庁舎・福岡寺前・紫峰ヶ丘2丁目 | 循環みらい平駅 | ■関鉄 |
| 北西(左) | 小絹駅・守谷駅東口・谷和原庁舎・紫峰ヶ丘2丁目 | ||
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備考
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施設
- 絹の台駐在所
- つくばみらい市立小絹中学校
- 絹の台桜公園
- 鈴の丘公園
- 笛の丘公園
- 鐘の丘公園
- せせらぎの小路
- クリエイトSDつくばみらい店
脚注
- “市の人口 - 町丁字別人口”. つくばみらい市 (2017年8月4日). 2017年8月22日閲覧。
- “市外局番の一覧”. 総務省. 2017年5月29日閲覧。
- 国土交通省地価公示・都道府県地価調査
- 広報谷和原 平成元年7月号
- 広報谷和原 昭和53年2月号

