羽後三輪駅
羽後三輪駅(うごみわえき)は、秋田県雄勝郡羽後町貝沢雀田(開業時は旧・雄勝郡三輪村貝沢雀田)にあった羽後交通雄勝線(旧・雄勝鉄道)の駅(廃駅)である。雄勝線の廃線に伴い1973年(昭和48年)4月1日に廃駅となった。
| 羽後三輪駅 | |
|---|---|
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うごみわ UGOMIWA | |
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| 所在地 | 秋田県雄勝郡羽後町貝沢雀田 |
| 所属事業者 | 羽後交通 |
| 所属路線 | 雄勝線 |
| キロ程 | 6.2 km(湯沢起点) |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 1面1線 |
| 開業年月日 | 1928年(昭和3年)8月10日 |
| 廃止年月日 | 1973年(昭和48年)4月1日 |
| 備考 | 雄勝線廃線に伴い廃駅 |
歴史
- 1928年(昭和3年)8月10日:雄勝鉄道湯沢駅 - 西馬音内駅間開通に伴い開業[1][2][3][4]。
- 1943年(昭和18年)10月16日:交通統合に伴い横荘鉄道の駅となる[2][3]。
- 1944年(昭和19年)6月1日:鉄道会社名を羽後鉄道に改称。路線名を雄勝線に制定。それに伴い羽後鉄道雄勝線の駅となる[1][2][5]。
- 1947年(昭和22年)
- 1952年(昭和27年)2月15日:鉄道会社名を羽後交通に改称。それに伴い羽後交通雄勝線の駅となる[1][2][3][5]。
- 1970年(昭和45年)10月1日:車扱貨物営業が休止となる[7]。
- 1971年(昭和46年)7月26日:閉塞取扱が廃止となる[3][4]。
- 1973年(昭和48年)4月1日:雄勝線の廃線に伴い廃止となる[1][2][3][5]。
駅構造
廃止時点で、島式ホーム(片面使用)1面1線を有する地上駅であった。晩年に閉塞取扱が廃止になるまでは島式ホーム1面2線を有する列車交換可能な交換駅であった[7]。外側(西側)が下り線(梺方面)、駅舎側(東側)が上り線(湯沢方面)となっていた[7]。そのほか側線として、上り線から東に分岐し駅舎との間を通過し、駅舎東側の貨物積卸場への貨物線を1線有していた[7]。貨物積卸場には農業倉庫も設置されていた[5]。閉塞取扱廃止後の側線の状況は不明である。
職員配置駅となっていた[4]。駅舎は構内の北東側に位置し、ホーム北側のスロープとを結ぶ構内踏切で連絡した[7]。
閉塞取扱廃止前までの列車交換の通標は、湯沢駅 - 当駅間は「○」、当駅 - 西馬音内駅間は「□」であった[7]。また、1965年(昭和40年)12月8日[4]までの列車交換の通標は、羽後山田駅 - 当駅間は「○」、当駅 - 西馬音内駅間は「□」であった[7]。
駅跡
1995年(平成7年)時点ではくみあいマーケットになっていた[8]。2007年(平成19年)5月時点では、JAのビルが建築されていた[3][5]が、その傍らにホームの先端部分と思われるコンクリート製の土台が残存していた[3][5]。2010年(平成22年)時点ではこの建物はJAこまち三輪支店であった[9]。
脚注
- 書籍『日本鉄道旅行地図帳 全線全駅全廃線 2 東北』(監修:今尾恵介、新潮社、2008年6月発行)43ページより。
- 書籍『新 鉄道廃線跡を歩く1 北海道・北東北編』(JTBパブリッシング、2010年4月発行)222ページより。
- 書籍『新 消えた轍 3 東北』(著:寺田裕一、ネコ・パブリッシング、2010年8月発行)30,32-33,36ページより。
- 書籍『私鉄の廃線跡を歩くI 北海道・東北編』(著:寺田裕一、JTBパブリッシング、2007年9月発行)165ページより。
- 『私鉄の廃線跡を歩くI』106-109ページより。
- 書籍『RM LIBRARY 52 羽後交通雄勝線』(著:若林宣、ネコ・パブリッシング、2003年11月発行)17ページより。
- 『RM LIBRARY 52』(4,15,19,20-21,27,30,32-33,37ページより。
- 書籍『鉄道廃線跡を歩く』(JTBパブリッシング、1995年11月発行)37ページより。
- 『新 鉄道廃線跡を歩く1』199-201ページより。
関連項目
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