能原長枝
概要
長枝の母の蓼原氏は藤原良継に近侍して神護景雲2年(768年)に長枝を生む。長枝が10歳の宝亀8年(777年)に良継が薨去するが、その遺命により長枝は良継の子の戸籍に入れられず、無姓となった。
大同年間に、甥にあたる平城天皇が長枝が無姓のままであることを憐れんで、能原宿禰姓を与えた。のち、長枝は弘仁年間に従七位上の位階を得たという。[1]
脚注
- 『公卿補任』
参考文献
- 『公卿補任 第一篇』吉川弘文館、1982年
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