能美賢次
能美 賢次(のうみ かたつぐ)は、戦国時代の武将。大内氏家臣。通称は四郎。能美仲次の子[1]。
凡例 能美賢次 | |
|---|---|
| 時代 | 戦国時代 |
| 生誕 | 不詳 |
| 死没 | 不詳 |
| 別名 | 通称:四郎 |
| 主君 | 大内義隆→大内義長 |
| 父母 | 父:能美仲次 |
脚注
注釈
- 大内氏家臣・光井兼種も同日の合戦に参加している[3]。
出典
- 藤井崇『大内義隆』ミネルヴァ書房 2019年 p.226
- 「山野井文書」(広島県 編 『広島県史 古代中世資料編4』 1978年 p.125)
- 「大内家御判物并奉書写 安富恕兵衛」(和田秀作 「大内氏家臣安富氏の関係史料について(二)」(『山口県文書館研究紀要』28 2001年))
- 山内譲 『中世瀬戸内海地域史の研究』 法政大学出版局 1998年 p.131
- 「山野井文書」(広島県 編 『広島県史 古代中世資料編4』 1978年 p.124)
参考文献
- 藤井崇『大内義隆』 ミネルヴァ書房 2019年
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