脇裕司
来歴
修道高校を卒業後、早稲田大学法学部へ進学。卒業後、JSL1部の藤和不動産サッカー部に入部。フジタ工業となって2年目の1977年度は、日本リーグと天皇杯の2冠制覇(ともに初優勝)にキャプテンとして大きく貢献した。チーム黄金期の1978年限りで惜しまれつつ現役を引退。 1987年コダック・オールスターサッカーの前座では、JSL・OBチームの一員として出場し、明石家さんま、木梨憲武、清水圭らのザ・ミイラと対戦している。 セルジオ越後、釜本邦茂、古前田充、加藤久らとの交流もある。
引退後はフジタ工業で勤務。 1993年、フジタサッカークラブがJリーグ正会員加盟。Jリーグ開幕より1年遅れてJリーグ昇格が決定した。 チーム名をベルマーレ平塚に改称し、社名を株式会社ベルマーレ平塚に変更。その際、元サッカー選手としてベルマーレ平塚へ出向となる。 1998年11月、フジタ工業が撤退を発表したことで、脇も出向が終わることとなる。しかしながら、その後も代表で海外遠征や、静岡県代表等で戦力的にサッカーを続けている。
個人成績
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 日本 | リーグ戦 | JSL杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 1972 | 藤和 | 23 | JSL1部 | - | |||||||
| 1973 | 9 | ||||||||||
| 1974 | 4 | - | |||||||||
| 1975 | - | ||||||||||
| 1976 | フジタ | ||||||||||
| 1977 | 3 | ||||||||||
| 1978 | 17 | ||||||||||
| 通算 | 日本 | JSL1部 | 116 | ||||||||
| 総通算 | 116 | ||||||||||
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