芋生ダスティ

芋生 ダスティ(いもう ダスティ、Dusty Imoo 1970年7月18日 - )は、カナダ連邦ブリティッシュコロンビア州ニューウエストミンスター出身の元アイスホッケー選手。ポジションはゴールテンダー

経歴

日系人の父とカナダ人の母の間に生まれた。WHLでプレーした後、ECHLIHLのチームを転々とした。

長野オリンピック前に日本代表入りするため、、1994年に来日[1]

1997年12月に帰化が認められ、1998年1月17日に長野オリンピックの日本代表に選出された(同時に帰化した7人のうち、6人が代表に選出されている)[2]

1994-95年シーズンより、西武鉄道アイスホッケー部に加入、第30回(1994/95)、第31回(1995/96)、第34回(1999/2000)の日本アイスホッケーリーグの優勝に貢献した。

2002-03年シーズンを最後に西武鉄道がチームを解散した後は、王子イーグルスに加入した。

長野オリンピックでは3試合に出場、予選リーグのフランス戦では第3ピリオド18分28秒まで2-3と接戦を演じ、フランスが1人退場しパワープレーチャンスとなったところでチームは芋生を下げて6人攻撃での同点を狙ったが逆に2失点2-5で敗れた[3]NHL選手も含むベラルーシ戦では固い守りを見せて2-2の引き分け[4]、13位14位決定戦となったオーストリア戦では3-3からシュートアウトの末3-2で勝利し、インスブルックオリンピック以来22年ぶりの勝利[5]に貢献した[6]

主な受賞

  • 日本アイスホッケーリーグ最優秀選手(1999/2000)
  • 日本アイスホッケーリーグベスト6(1994/95, 1999/2000)[7]

脚注

  1. 21世紀の骨のあるヤツ 第48回”. ぴあ (2000年). 2011年10月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年8月28日閲覧。
  2. アイスホッケーの日本選手”. 信濃毎日新聞 (2000年11月14日). 2011年8月28日閲覧。
  3. 信濃毎日新聞 1998年2月9日
  4. 信濃毎日新聞 1998年2月10日
  5. 信濃毎日新聞 1998年2月12日
  6. Biography and Olympic Results”. Sports Reference LLC. 2020年4月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年8月28日閲覧。
  7. 『第36回日本アイスホッケーリーグ観戦ガイド』194頁 日本アイスホッケー連盟 2001年

外部リンク

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