若杉喜三郎
経歴
越後国蒲原郡五十嵐浜村(現在の新潟県新潟市西区)出身。1889年(明治22年)、東京帝国大学医科大学を卒業。1891年(明治24年)より新潟市に若杉病院を開業した。1901年(明治34年)、新潟市会議員に選出され、1904年(明治37年)には市会議長に選ばれた。その後、1908年(明治41年)から1年余りの間、医学研究のためドイツに留学した。
1912年(明治45年)、第11回衆議院議員総選挙に出馬し、当選を果たした。
脚注
- 『人事興信録 第4版』人事興信所、1915年。
- 衆議院・参議院編『議会制度七十年史 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1962年。
参考文献
- 新潟市役所編『新潟市史 下巻』新潟市役所、1934年、883-884頁。
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