菊間崇祠
菊間 崇祠(きくま たかし、旧名:卓[1]、1934年3月20日 - )は、八王子実践高等学校女子バレーボール部の元監督である。
きくま たかし 菊間 崇祠 | |
|---|---|
| 生誕 |
1934年3月20日(90歳) 東京府東京市池袋 |
| 出身校 | 中央大学 |
| 職業 | バレーボール監督(契約職員)[1] |
| 子供 | 菊間千乃 (元アナウンサー) |
人物
東京府東京市池袋出身。
1956年中央大学法学部を卒業後、1958年から八王子実践高校に社会科の教員として赴任し、バレー部顧問をかって出る[1]。
以来、女子バレー部監督歴50年余りとなる名将として知られる。指導のスタンスは「求めよ、されば与えん」。大林素子が「私はレシーブしなくてもいいのですか」と申し出て初めて猛烈な特訓をはじめたという[1]。
これまで三屋裕子や大林素子、福田記代子、狩野舞子ら、多くのプロバレーボール選手を育成してきた一方、その指導方針であるスパルタ指導に対しては賛否がある。前バレーボール全日本女子チーム監督、柳本晶一が指導において根性論を撤回したことを激しく非難している。
2012年、監督を退任。
著書
- 『道は開ける 現代っ子を「やる気」にさせる法』(ふこく出版、2000年)
脚注
- 月刊バレーボール 2010年8月号 104-107ページ
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