葛井大成
経歴
元正朝の養老4年(720年)一族とともに白猪史から葛井連に改姓する。
聖武朝の神亀5年(728年)外従五位下に叙せられる。のち、筑後守に任ぜられ、天平2年(730年)正月に大宰帥・大伴旅人の邸宅で梅花宴が催された際に大成が詠んだ和歌が『万葉集』に採録されている[1]。ほかに、同年11月に旅人が大納言に任ぜられて平城京に帰京したことを悲嘆して詠んだ和歌や[2]、遙かに海人の釣船を見て詠んだ和歌も[3]『万葉集』に残っている。
官歴
注記のないものは『続日本紀』による。
脚注
- 『万葉集』巻5-820
- 『万葉集』巻4-576
- 『万葉集』巻6-1002
- 鈴木真年『百家系図稿』巻10,葛井宿禰
参考文献
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