謝敏男
謝 敏男(しゃ びんなん、1940年8月9日 - )は台湾出身のプロゴルファー。日本ツアーで複数優勝した経歴を持つ。
| 基本情報 | |
|---|---|
| 名前 | 謝敏男 |
| 生年月日 | 1940年8月9日(83歳) |
| 身長 | 175 cm (5 ft 9 in) |
| 体重 | 68 kg (150 lb) |
| 出身地 | 台湾 |
| 経歴 | |
来歴
台北市に生まれる。淡水ゴルフクラブの13番ホール近くに住み、12歳の時には余暇を使ってゴルフクラブを運ぶ仕事をした。旧淡水ゴルフクラブで指導を受け、20歳前半で頭角を現した。1962年に国慶盃に準優勝して初めてクラブセットを入手した。
1964年に郭智星とともにローマのアイゼンハワーカップに出場する。この試合で個人優勝を達成した[1]。
1965年にプロ転向すると日本に移住し、同年の関東オープンで優勝する。陳清水から支援を受け、後にその次女と結婚した。1971年にアジアツアー選手権で優勝。1972年にはワールドカップに呂良煥とともに出場、呂と組んだ団体戦・個人戦の両方で優勝した。
1982年の日本ツアーでは3週間に12ラウンドを回り、3試合に優勝した。後身の育成にもあたり、1994年のアジア競技大会ではコーチを務めた。
脚注
- “台灣國寶謝敏男 紀念推桿陪你一起征戰” (中国語). 三立新聞網. (2018年10月8日) 2021年8月23日閲覧。
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