赤目町 (愛西市)

赤目町(あかめちょう)は、愛知県愛西市にある地名。字が13ある。

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赤目町
字中屋敷にある「赤目産業組合発祥之地顕彰碑」
字中屋敷にある「赤目産業組合発祥之地顕彰碑」
赤目町の位置(愛知県内)
赤目町
赤目町
赤目町の位置
北緯35度12分13.1秒 東経136度41分53.6秒
日本の旗 日本
都道府県 愛知県
市町村 愛西市
地区 八開地区
町名制定 2005年平成17年)4月1日
面積
  合計 1.257888529 km2
人口
2019年令和元年)5月1日現在)[2]
  合計 539人
  密度 430人/km2
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
496-8046[3]
市外局番 0567(津島MA[4]
ナンバープレート 名古屋

地理

八開村域南端に位置する。

字一覧

(配列は五十音順・読みはYahoo!地図による[5]

河川

歴史

メナダ

当町のルーツは尾張国海西郡赤目村であるが、元々は現在の元赤目町二子町あたりに所在したものが、この地域を支配した横井氏によって、当時落伏(おちぶせ[6])村と称していた現在地に地名ごと移転した。元の赤目村は古赤目村と改称し、後に二子町の一部となっている。

地名の由来

この地域で多く捕れたというボラ科メナダ(赤目魚)の名に由来するとも、『尾張國地名考』によると赤水ないし赤目馬に由来するともいう[7]

沿革

  • 1774年安永3年) - 横井丹後守が赤目村より落伏村に在所を移転。赤目村を古赤目村・落伏村を赤目村と改称する[6]
  • 1889年明治22年) - 八輪村大字赤目となる[8]
  • 1906年(明治39年) - 八開村大字赤目となる[8]
  • 2005年平成17年)4月1日 - 愛西市赤目町となる。

世帯数と人口

2019年(令和元年)5月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[2]

町丁世帯数人口
赤目町 236世帯 539人

人口の変遷

国勢調査による人口の推移

2005年(平成17年) 649人[9]
2010年(平成22年) 647人[10]
2015年(平成27年) 629人[11]

小・中学校の学区

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[12]

番・番地等小学校中学校
全域愛西市立八輪小学校愛西市立八開中学校

交通

バス

停留所名ルート
83 明範荘八開
84 赤目町八開

道路

施設

八輪駐在所
字南屋敷154に所在。釈迦牟尼如来を本尊とする。1500年明応9年)夏、横井時永により旧赤目村に天台宗の寺院国音山万(萬)福寺として創建。1640年寛永17年)、横井時安が現在地に曹洞宗の寺院として再興し、一心寺と名を改めた。一心は時安の法名である一心飛華居士に由来する。[14][15]
字下堤畦1に所在。阿弥陀如来を本尊とする。1494年明応3年)[16]光正坊(鈴木神左衛門光正という武士であったという[15])が中島郡桜方村(現稲沢市祖父江町桜方[17][18])に開基したと伝わる[14]1573年天正3年)、落伏村城主山田将監が堂宇を建立したという[15]1622年元和8年)横井伊織助により落伏村内に移転[14]
字杉土居1847に鎮座。祭神天照大神。創建時期は不明。赤目城主横井伊織助の信仰が厚かったと伝わる。1872年(明治5年)5月、郷社となる。1913年(大正2年)2月16日、山之神神社(元は字山之神に鎮座)を境内社として吸収した。例祭日は4月2日。[19]
字山之神30-1に所在。社会福祉法人貞徳会が運営する養護老人ホームおよび特別養護老人ホーム[20]。貞徳会は1961年(昭和36年)6月、江西村(現愛西市江西町)出身の政治家石原永明が晩年の1960年(昭和35年)8月に菩提寺である西導寺の住職矢留道雄に託した3000万円の基金を元手にして設立されたもので、明範荘はその2年後の1962年(昭和37年)10月1日に開所[21](定員50名)[20]。開所当時は古材を使用した木造だったが、1971年(昭和46年)3月に愛知県補助金を元に鉄骨壁ブロック造陸屋根一部二階建てとして建替えを行った[20]。さらに1968年(昭和43年)に県補助金により明範荘特別養護老人ホームが併置された[21][20]。このときの定員は50名だったが、1974年(昭和49年)に日本自転車振興会補助金により定員を50名増やし、1979年(昭和54年)内部改装により定員を10名増やした[20]2004年(平成16年)11月、旧施設の老朽化に伴い現在地に移転新築された[20]。同時にデイサービスも開始した[20]。貞徳会という名称は1959年(昭和34年)に亡くなった永明夫人範子の院号「貞徳院」に、明範荘は永子の名に由来する名であるという[21]

史跡

脚注

  1. 愛知県愛西市の町丁・字一覧”. 人口統計ラボ. 2019年5月14日閲覧。
  2. 人口・世帯数(八開地区) (PDF). 愛西市 (2019年5月1日). 2019年5月14日閲覧。
  3. 郵便番号”. 日本郵便. 2019年5月13日閲覧。
  4. 市外局番の一覧”. 総務省. 2019年5月13日閲覧。
  5. Yahoo!地図 愛西市赤目町2013年9月15日閲覧。
  6. 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1989, p. 330.
  7. 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1989, p. 80.
  8. 「角川日本地名大辞典」編纂委員会編『角川日本地名大辞典 23 愛知県』角川書店、1989年、81頁。ISBN 4-04-001230-5。
  9. 総務省統計局 (2014年6月27日). 平成17年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 2019年3月23日閲覧。
  10. 総務省統計局 (2012年1月20日). 平成22年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 2019年3月23日閲覧。
  11. 総務省統計局 (2017年1月27日). 平成27年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 2019年3月23日閲覧。
  12. 小・中学校”. 愛西市. 2019年5月14日閲覧。
  13. 愛西市. 愛西市巡回バス”. 2024年4月9日閲覧。
  14. 有限会社平凡社地方資料センター 1981, p. 473.
  15. 八開村史編さん委員会編『八開村史 通史編』八開村、2000年、779-761頁。
  16. 『八開村史 通史編』761頁では1985年(明応4年)としている。
  17. 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1989, p. 604.
  18. 新市の住所表示「祖父江町」(稲沢市公式サイト)2013年9月28日閲覧。
  19. 愛知県神社庁『愛知県神社名鑑』愛知県神社庁、1992年8月、375頁。
  20. 社会福祉法人貞徳会沿革”. 2013年10月17日閲覧。
  21. 八開村史編さん委員会編『八開村史 通史編』八開村、2000年、779-780頁。

参考文献

  • 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典 23 愛知県』角川書店、1989年3月8日。ISBN 4-04-001230-5。
  • 有限会社平凡社地方資料センター 編『日本歴史地名体系第23巻 愛知県の地名』平凡社、1981年。ISBN 4-582-49023-9。
  • 八開村史編さん委員会 編『八開村史 通史編』八開村、2000年。

外部リンク

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