足羽県
足羽県(あすわけん)は、1871年(明治4年)に越前国北部を管轄するために設置された県。現在の福井県嶺北の大半にあたる。本項では第1次府県統合から足羽県に改称されるまでの福井県(ふくいけん、第1次)についても述べる。
概要
後年作成された1872年(明治4年)旧12月の行政区画地図における足羽県
第1次府県統合により越前国北部の5県が統合され、改めて福井県(第1次)が発足したが、わずか1ヶ月で福井が所属する郡名から足羽県に改称された。短期間での改称の理由として、宮武外骨は著書『府藩県制史』において、福井藩が越前松平家が支配する親藩であったために、県名として福井の名称を使うことが明治政府によって嫌われたためであるとしている。ただし、宮武説は学説として認められたものではない。
その後、わずか2年で敦賀県に合併、その後わずか3年で石川県に合併されるなど、1881年(明治14年)に現在の福井県となるまで紆余曲折を経た。なお、足羽県県令の村田氏寿は統合後の敦賀県で参事を務めている。
沿革
歴代知事
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