路虫麻呂
経歴
聖武朝の神亀3年(726年)正月、阿倍粳虫・大宅広麻呂・粟田馬養・田口家主・紀宇美らとともに正六位上から従五位下に昇叙する。その後、位階はそのままで内蔵頭を経て、天平10年(738年)閏7月に大蔵大輔小田王の大蔵少輔に就任している。
以後の経歴は見えぬが、藤原良因(武良自)・継縄・乙縄の母は従五位上の虫麿の娘であり[1]、虫麻呂は藤原豊成の妻の父親にあたる。
脚注
- 『尊卑分脈』
参考文献
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