酒井忠質
酒井 忠質(さかい ただたか)は、播磨国姫路新田藩の第2代藩主。
凡例 酒井 忠質 | |
|---|---|
| 時代 | 江戸時代後期 |
| 生誕 | 安永9年(1780年) |
| 死没 | 文化13年10月23日(1816年12月11日) |
| 墓所 | 東京都台東区浅草の崇福寺 |
| 官位 | 縫殿頭 |
| 幕府 | 江戸幕府 |
| 主君 | 徳川家斉 |
| 藩 | 播磨姫路新田藩主 |
| 氏族 | 酒井氏(雅楽頭家分家) |
| 父母 | 父:酒井忠交、継母:阿部正允の娘・禎祥院 |
| 子 | 忠全ら |
略歴
安永9年(1780年)、初代藩主・酒井忠交の次男として生まれる。庶子であったが、正室の阿部氏との間に生まれていた嫡男が早くに死んだため、享和4年(1804年)に父が死去すると、その跡を継いだ。文化13年(1816年)10月23日に死去した。享年37。跡を子の忠全が継いだ。
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