釈迦堂 (魚津市)
釈迦堂(しゃかどう)は富山県魚津市の、旧新川郡(下新川郡)道下村時代から存在する地区であり、町名のひとつ。現在も道下地区の一部である。郵便番号は937-0067。
釈迦堂 | |
|---|---|
![]() 魚津駅(東口・釈迦堂側) | |
![]() 釈迦堂 釈迦堂の位置 | |
| 北緯36度49分31.64秒 東経137度24分23.53秒 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 市町村 |
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| 地区 | 道下地区・村木地区 |
| 人口 | |
| • 合計 | 217人 |
| 等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
| 郵便番号 |
937-0067[2] |
| 市外局番 | 0765 (魚津MA)[3] |
| ナンバープレート | 富山 |
概要

魚津駅東口(釈迦堂)周辺には、ホテルや商業施設が立ち並ぶ
魚津駅の西口は本新町であるのに対して、東口は釈迦堂一丁目である。地理的には市の中央に存在する。市役所やホテル、飲食店などが多く、魚津市の玄関口としての役割を果たしている。
一丁目とは別に、飛び地としての釈迦堂も存在し、そちらには魚津埋没林博物館が設置されている。
歴史
- 天正年間 - 但馬守守忠が居住したのが村の始まりと伝えられている[4]。
- 1661年 - この頃までに下村木村から分村して成立[5]。天和年間より釈迦堂新村と称される様になる[4]。
- 1872年 - この頃の戸数は24軒[4]。
- 1884年 - この頃の戸数は24軒、人口140人[4]。
- 1889年4月1日 - 町村制施行により、本新村、釈迦堂新村、北鬼江村、北中村、青島村、仏田又新村の全域と仏田村、岡経田村、下村木村の一部を合併して道下村成立[6]。
- 1908年11月16日 - 官設鉄道北陸線(現・あいの風とやま鉄道)の富山駅 - 魚津駅間延伸により、当地に魚津駅開業(一般駅)。旧仮名遣いは「うをづ」[7]。以降当地は、駅前地区として発展していく。
- 1930年 - この頃までに地名が「釈迦堂」に変更される[6]。
- 1936年8月21日 - 魚津駅に富山電気鉄道(現・富山地方鉄道)の駅が開業[8]。
- 1952年4月1日 - 魚津市に編入。釈迦堂を含めて村内の大字は魚津市の大字に継承。その後、大字の表記は使用されなくなる[4]。
- 1962年 - 魚津駅前の区画整理に着手。これにより1970年3月までに現在の街路となる[9]。
- 1967年10月11日 - 市役所が当地に移転[10]。
- 1975年6月1日 - 釈迦堂のうち駅前地区が釈迦堂一丁目に変更[11]。
脚注
- “大字別人口統計表”. 魚津市 (2018年4月3日). 2018年4月17日閲覧。
- “郵便番号”. 日本郵便. 2018年4月17日閲覧。
- “市外局番の一覧”. 総務省. 2018年4月17日閲覧。
- 角川日本地名大辞典 16 富山県(昭和54年10月8日、角川書店発行)429ページ
- 『平成二十四年 道下公民館創立六〇周年記念 道下のあゆみを尋ねて』(2012年11月23日、道下公民館発行)26頁。
- 角川日本地名大辞典 16 富山県(昭和54年10月8日、角川書店発行)829ページ
- 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 2』 JTB、1998年
- 富山地方鉄道五十年史(昭和58年3月28日発行)876ページ
- 魚津市史 続巻 現代編(魚津市教育委員会 2012年(平成24年)3月31日発行)139~140ページ
- 『図説 魚津の歴史』(2012年3月31日、魚津市教育委員会発行)279ページ。
- 角川日本地名大辞典 16 富山県(昭和54年10月8日、角川書店発行)986ページ
- “就学指定校と指定校の変更 - 魚津市立小中学校通学区域”. 魚津市 (2016年3月9日). 2018年4月17日閲覧。
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