野々村聡子
野々村 聡子(ののむら さとこ、1987年7月23日 - )は、日本の元女子プロ野球選手、野球指導者。
| MSH医療専門学校女子硬式野球部 部長 | |
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| 基本情報 | |
| 国籍 |
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| 出身地 | 広島県 |
| 生年月日 | 1987年7月23日(36歳) |
| 身長 体重 |
164 cm 53 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投左打 |
| ポジション | 遊撃手・二塁手・三塁手 |
| プロ入り | 2009 外野手3巡目 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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選手歴 | |
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監督歴 | |
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この表について
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経歴
広島県出身。小学校の時に広島市民球場でカープの試合を見たのがきっかけで、野球を好きになる。福山誠之館高校では、ソフトボール部に所属。しかし、野球をやりたいという強い思いから、奈良教育大学教育学部学校教育教員養成課程保健体育専修に進学し、女子硬式野球クラブ大阪BLESSに所属した[1]。在学中は、大阪BLESSと大学の男子硬式野球部の練習に参加していた[2]。
2009年に日本女子プロ野球機構による第1回合同トライアウトを受験し合格、同年12月のドラフト会議で兵庫スイングスマイリーズから外野手3順目で指名され、加入が決定した。プロ1年目の2010年は、主に代走や守備固めで18試合に出場した。翌2011年は16試合に出場し、プロ初安打を記録する。しかし、同年12月13日、日本女子プロ野球機構より退団が発表され[3]、同月16日に、戦力外が理由であったことが発表された[4]。
退団後、広島市にあるMSH医療専門学校で女子硬式野球部を結成、監督を務め[5][6]、現在は部長として携わっている[7]。
また、2023年の侍ジャパン女子日本代表でトレーナーとしての帯同を依頼され、5月の第3回アジアカップでは代表で初の子連れ帯同となり、9月に広島で行われたW杯グループB予選も同様の帯同方法となった[8][9]。
プレースタイル・人物
詳細情報
注釈
- “♪30人のシンデレラ♪~兵庫スイングスマイリーズ No.11~”. 日本女子プロ野球機構 (2010年10月19日). 2012年1月3日閲覧。
- “女子プロ野球に三原出身者”. 中国新聞. (2010年4月20日)
- “退団選手について”. 日本女子プロ野球機構 (2011年12月13日). 2012年1月3日閲覧。
- “退団選手について12/16”. 日本女子プロ野球機構 (2011年12月16日). 2012年1月3日閲覧。
- “元プロが女子野球部結成へ”. 日本女子プロ野球機構 (2011年12月13日). 2012年1月3日閲覧。
- “クラブ活動[女子硬式野球部]”. MSH医療専門学校. 2018年12月8日閲覧。
- 女子硬式野球部 (2024年2月11日閲覧) MSH医療専門学校
- 【女子野球日本代表】子どもを連れてくるのが当たり前のチーム作り(2023/09/11) - 【公式】HOME広島ニュース @home-news - YouTube
- 【密着】侍ジャパン女子代表トレーナー/女性がずっと野球ができる世界へ(2023/10/28) - 勝ちグセSportsチャンネル @sports4105 - YouTube
- [元年のヒロイン]4 野々村聡子、夢は限りなく広がる(アーカイブ)
- “元カープ高校生ドラ1の鈴木将光さん、三原市で鍼灸接骨院オープン 妻も元プロ野球選手”. デイリースポーツ (2020年12月5日). 2024年2月11日閲覧。
外部リンク
- 兵庫スイングスマイリーズ 公式ブログ 「野々村聡子」 - アメーバブログ(2011年7月6日 - 2011年12月27日)
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