鈴木将光

鈴木 将光(すずき まさみつ、1987年4月8日[1] - )は、富山県富山市出身の元プロ野球選手外野手)。右投右打。

鈴木 将光
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 富山県富山市
生年月日 (1987-04-08) 1987年4月8日(37歳)
身長
体重
182 cm
85 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 2005年 高校生ドラフト1巡目
初出場 2012年9月13日
最終出場 2013年5月31日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴

経歴

プロ入り前

富山市立月岡小学校1年の時に地元のスポーツ少年団「月岡ツインズ」で野球を始め[2]石川県星稜中学校に進学。星稜中1年時に指導を受けた恩師山本雅弘監督を追いかけ遊学館高等学校に進学[3]

遊学館高等学校時代は1年時からレギュラーの座を勝ち取る。2年時夏に第86回全国高等学校野球選手権大会に出場。1回戦の県岐阜商高戦は4番で先発出場し6-3で勝利。2回戦ではダルビッシュ有擁する東北高に、4番ピッチャーで出場するも0-4で完敗した。3年時夏は第87回全国高等学校野球選手権大会に出場。1回戦秋田商高戦は4番センターで出場し2打点と活躍。打つだけではなく強肩も披露してチーム勝利の原動力となる。2回戦では前回大会で敗れた東北高校と再び対戦し3-4で惜敗。

2005年の高校生ドラフト会議広島東洋カープから1位で指名された[1]。広島は当初、片山博視を1位で指名。東北楽天ゴールデンイーグルスと指名が重複し、抽選で交渉権を得られなかったことから鈴木の指名に至った。

プロ入り後

2006年
3月の教育リーグで肩を故障。シーズン中は肩の治療と体力強化に専念したため、一軍のみならず二軍ウエスタン・リーグ)でも公式戦への出場機会はなかった。さらにシーズン終了後の11月には、ヘルニアの手術を受けている[4]
2007年
ウエスタン・リーグ公式戦75試合に出場。打率.245、本塁打2本、18打点[5]、補殺6を記録した[5]
2008年
フレッシュオールスターにウエスタン・リーグ選抜のメンバーとして初出場(2打数無安打)。同リーグの公式戦では、59試合の出場で、打率.234、本塁打0本、7打点という成績に終わった[6]
2009年
ウエスタン・リーグ公式戦77試合に出場。しかし、打率.211、本塁打1本、19打点という成績にとどまった[7]
2010年
ウエスタン・リーグ公式戦66試合に出場。打率がプロ入り後最高の.252に達した一方で、安打数はプロ入り後最少の27本にとどまった。また、本塁打は0本、打点は8だった[8]
2011年
ウエスタン・リーグ公式戦で自己最多の99試合に出場。しかし、打率.244、0本塁打、8打点という成績に終わった[9]
2012年
入団7年目で初めて一軍に昇格。9月13日の対読売ジャイアンツ戦(東京ドーム)に「7番・右翼手」としてスタメンで一軍デビューを果たすと、2回表の一軍初打席で先発の内海哲也から初安打を放った[10]。また、ウエスタン・リーグ公式戦には78試合へ出場。打率.275、3本塁打、22打点という成績を残した[10]
2013年
春季キャンプ中の2月17日にサンマリンスタジアム宮崎で催されたWBC日本代表初の強化試合に、広島の選手として途中から出場。5回表に山井大介から適時打、9回表に内海から3点本塁打を放った[11]。シーズン中は、一軍公式戦で自己最多の5試合に出場。ウエスタン・リーグ公式戦では、70試合の出場で、打率.277、2本塁打、11打点だった。
2014年
ウエスタン・リーグ公式戦60試合に出場。しかし、打率.239、0本塁打、9打点と低迷したうえに、3年振りに一軍公式戦への出場機会がなかった。
2015年
ウエスタン・リーグ公式戦77試合に出場。打率.253、1本塁打、20打点という成績を残したが、2年連続で一軍復帰を果たせなかった。10月26日に球団から戦力外通告を受けたことを機に、現役を引退[12]

現役引退後

現役時代に故障が相次いだことから、鍼灸師の資格を取得すべく、2016年春から広島市内にあるMSH医療専門学校の夜間課程へ進学[12]。昼間には治療院のアルバイトとして、実務経験を積みながら生計を立てるという[13]。 また、妻の野々村聡子(元女子プロ野球選手)は同校女子硬式野球部監督を務め、鈴木も2019年途中まで同校野球部のコーチを務めていた。

2020年9月、広島県三原市に「すずき鍼灸接骨院」をオープンした[14]

選手としての特徴

高校時代に通算64本塁打を記録したほか、50メートル5秒8の俊足や、120メートルという距離を投げられるほどの強肩の持ち主[1]。広島への入団直後に、新人選手の体力測定で等測性筋力測定装置が壊れたほど筋力も強い。しかし、前述のように実戦で打力不足を露呈したため、一軍デビューは入団7年目のシーズン終盤まで持ち越された。

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
2012 広島 1330100010000000010.333.333.333.667
2013 5980100010001000020.125.125.125.250
NPB:2年 612110200020001000030.182.182.182.364

年度別守備成績

年度外野
試合刺殺補殺失策併殺守備率
201210000.000
2013220001.000
通算320001.000

記録

背番号

  • 50 (2006年 - 2015年)

登場曲

脚注

  1. 12球団全選手カラー百科名鑑2006 日本スポーツ出版社P222
  2. 北日本新聞』2011年12月28日朝刊15頁「広島の鈴木 後輩指導 富山 月岡ツインズ野球教室」(北日本新聞社)
  3. 【石川】夢の舞台へ 遊学館立つ(上)
  4. 12球団全選手カラー百科名鑑2007 日本スポーツ出版社P205
  5. 12球団全選手カラー百科名鑑2008 廣済堂出版 P108
  6. 12球団全選手カラー百科名鑑2009 廣済堂出版 P190
  7. 12球団全選手カラー百科名鑑2010 廣済堂出版 P108
  8. 12球団全選手カラー百科名鑑2011 廣済堂出版 P208
  9. 12球団全選手カラー百科名鑑2012 廣済堂出版 P207
  10. 12球団全選手カラー百科名鑑2013 廣済堂出版 P88
  11. WBC2013日本代表強化試合 日本代表対広島(2013年2月17日)
  12. 惜別球人2015【広島】鈴木 将光外野手(『スポーツニッポン2015年12月19日付記事)
  13. 広島鈴木将「ドラフト後の気持ち」で鍼灸専門学校へ
  14. 元カープ高校生ドラ1の鈴木将光さん、三原市で鍼灸接骨院オープン 妻も元プロ野球選手”. デイリースポーツ (2020-12- 05). 2021年4月14日閲覧。

関連項目

外部リンク

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