釐侯(きこう、生年不詳 - 紀元前823年)は、中国の西周時代の晋の君主。姓は姫、名は司徒。
晋の靖侯の子として生まれた。紀元前841年、靖侯が死去すると、後を嗣いで釐侯が晋侯として即位した。紀元前823年、釐侯は死去し、子の献侯が晋侯として即位した[1]。
成師(桓叔)の曲沃就封で、晋は翼の宗家と曲沃の分家に分裂
曲沃の武公が翼の晋侯緡を滅ぼし、晋が再統一される