金子徳好
来歴・人物
東京都渋谷区に生まれる。東京高等農林学校(現・東京農工大学)中退。
戦後渋谷でローカル新聞を主宰。労組書記(全銀連)を経て、日本機関紙協会勤務。
1965年、「アメリカはベトナムから手をひけ」を書いたゼッケンをつけて8年間にわたり通勤。その記録として『ゼッケン8年』(朝日新聞社)を1974年に刊行している。
1981年10月には核廃絶を訴え再びゼッケン通勤を始め、1984年の広島原爆忌まで続けられた。
退職後は地域のミニコミに力を入れ、地域からの平和運動を研究・促進。港区長選挙に立候補経験がある(落選)。
著書
- 『ぼくは組合1年生』、丹下洋一共著、新興出版社、1963年
- 『ゼッケン8年』、朝日新聞社、1974年
- 『きり絵でつづるある夫婦の戦後史』、金子静枝共著、日中出版、1977年
- 『反核でゼッケン』、草友出版、1982年
- 『ミニコミ道場 - その発想法から編集方法まで』、草友出版、1982年
- 『自分たちのネットワーキング - メディアのつくり方』、広樹社、1987年 ISBN 488223114X
- 『東京わが町 - きりえ画文集』、金子静枝共著、新日本医学出版社、1993年 ISBN 4880230227
- 『東京わが町 - きりえ画文集 (続)』、金子静枝共著、新日本医学出版社、1995年 ISBN 4880230456
外部リンク
- 平和運動家の金子徳好さん死去 - asahi.com(2007年11月27日19時10分付)リンク切れ
- 「ゼッケン8年」の金子徳好さん逝去。(2007/11/30掲載 )- 旧「ベ平連」運動の情報ページ|ベ平連
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.