金鯱
金鯱(きんしゃち、きんこ、きんのしゃちほこ)は、金色に装飾を施した鯱のことである。
名古屋城大天守に上げられていた金鯱については「名古屋城#名古屋城の金鯱」を参照
概要

金箔押の鯱瓦の例(岡山城天守3重棟上)

金板張の木造鯱の例(2005年日本国際博覧会で天守から降ろして公開された名古屋城の金鯱)
城郭建築の天守には、金箔押の鯱瓦と金板張りの木造鯱の例がある。
金箔押の鯱瓦では、創建当初に岡山城天守へ載せられたとされるものを再現したものが見られる。金板張りの木造鯱では、現在は名古屋城大天守へ載せられていたものを復元したもののみ見ることができる。
また、現代では金箔や金の板を張ったものは少ないが、寺院や住宅、商業施設などにもあげられている例があり、本圀寺(京都府京都市)に見られる。
種類
歴史
鯱に初めて金を施したのは、織田信長の安土城天守とも羽柴秀吉の大坂城天守ともいわれ、豊臣政権下では、許可を得ずに瓦などに金を施すことは許されていなかったと見られている。
関ヶ原の戦い以降、豊臣政権の弱体化により権力が家康に移ると実質の築城規制の解禁がにわかに起こり、同時に天守建設が流行すると金鯱(金箔押鯱瓦)や金箔瓦を上げる大名が増えていったが、徳川政権(徳川幕府)が固まると、築城に関する規制が起こり始め、元和元年(1615年)以降は、築城・天守造営の原則禁止にともない、金箔や金板を張った鯱を上げられることはほとんどなくなり、建物の修築後は、財政難から質を落としたり、まったく張らないようにした城が多かった。
脚注
- “名古屋の芸舞妓、「金の鯱」披露 英語解説も:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞デジタル. 2020年12月20日閲覧。
- “新人舞妓2人が誕生 「見世出し」に盛んな祝福” (jp). 毎日新聞. (2018年11月16日) 2020年12月20日閲覧。
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