鈴木永二
来歴・人物
- 愛知県出身。名古屋高等商業学校(現・名古屋大学)、東京商科大学(現・一橋大学)卒業。
- 日本化成工業(現在の三菱ケミカル)に入社するが、まもなく陸軍に召集され、陸軍主計少尉として、中国、ガダルカナル戦線での8年間に亘る従軍生活を送る。
- 終戦時はラバウルで今村均大将に仕える。
- 復員後、三菱化成に復社して、経理部長、代表取締役社長、会長、相談役、三菱化成生命科学研究所代表取締役等を歴任。
- 1977年藍綬褒章[1]。
- 1986年勲一等瑞宝章[2]。
- 1987年第6代日経連会長。1990年には第三次行革審会長を務めた。
- 1988年から1992年まで社団法人如水会の理事長を務めた。
- 1989年から1994年まで財団法人長寿科学振興財団の会長を務めた[3]。
- 1994年正三位勲一等旭日大綬章[4][5][6]。
リーダー論
- 日経連の会長時代に理想のリーダーとして、今村均大将の名前を挙げている[7]。
脚注
- 官報昭和52年本紙第15081号 12頁
- 官報昭和61年本紙第17771号 7頁
- 公益財団法人長寿科学振興財団の沿革公益財団法人長寿科学振興財団
- 官報平成6年本紙第1394号 11頁
- 官報平成6年本紙第1522号 9頁
- 官報平成6年号外第81号 6頁
- 1990年4月24日 朝日新聞記事
関連項目
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