鍵屋辻
接続道路
歴史
近世
寛永11年11月7日(1634年12月26日)の「鍵屋の辻の決闘」の地となった[1]。この決闘は、渡辺数馬と荒木又右衛門が、数馬の弟の仇である河合又五郎に挑んだ決闘で、最終的には河合又五郎が討たれた[1]。曾我兄弟の仇討ちと赤穂浪士の討ち入りに並ぶ、日本三大仇討ちの一つとして数えられている[1]。
鍵屋ノ辻史跡公園
鍵屋辻の南側に位置する鍵屋の辻の決闘を記念する公園。同決闘に関する資料等を展示する「伊賀越資料館」(2019年4月1日より休館中[2])がある[2]。
このほかに茶店「数馬茶屋」があったが、築90年を超えて建物の老朽化と耐震強度不足のため、2023年6月30日をもって閉店した[3]。「数馬茶屋」として利用されてきた建物は伊賀市が所有しており、市では約2年かけて補強工事を実施する方針である[3]。
バス路線
三重交通と上野コミュニティバス(にんまる)の路線が乗り入れる[4]。なお、三交上野車庫は、上野地区における三重交通の車庫としても機能している。ここでは「鍵屋辻」と「三交上野車庫」の各停留所に分けて、路線情報の解説を行う。
「鍵屋辻」停留所
- 三重交通
- ※桃香野口方面:52は永谷辻経由、53は法花経由。
- 上野コミュニティバス(にんまる)
- 外回り循環
- 上野市駅
- ※東コース・西コースを運行(ともに片回り循環)。
地図に関して
「鍵屋辻」から東へ進むと西大手駅を経て上野市駅に、北へ進むと鍵屋辻駅跡付近を経て伊賀上野駅に、西へ進むと木津川に至る。各地点のピンに関する解説は下記を参照。
- 紺色のピン
- 「鍵屋辻」の所在地。南側に鍵屋ノ辻史跡公園がある。
- 赤色のピン
- 鍵屋辻駅跡(廃止当時は近鉄伊賀線)。
- 紫色のピン
- 緑色のピン
脚注
- “鍵屋ノ辻/数馬茶屋”. 伊賀ぶらり旅. 伊賀市役所産業振興部観光戦略課. 2016年12月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年3月9日閲覧。
- “伊賀越資料館”. 伊賀ぶらり旅. 伊賀市役所産業振興部観光戦略課. 2022年12月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年3月9日閲覧。
- 「「伊賀越のあだ討ち」舞台の数馬茶屋が閉店 伊賀市、2年かけ補強へ」『中日新聞』、2023年7月1日。2023年12月1日閲覧。オリジナルの2023年7月11日時点におけるアーカイブ。
- “伊賀地区バス路線図”. 路線図ドットコム. 公共交通利用促進ネットワーク. 2023年12月2日閲覧。
- “名古屋上野高速線 時刻表(伊賀上野 → 名古屋)”. 三重交通. 2023年12月1日閲覧。
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