長坂健冶

長坂 健冶(ながさか けんじ、1977年10月29日 - )は、神奈川県横浜市出身の元プロ野球選手捕手)。右投右打。本名は健治だが、2005年に登録名を健冶へ変更(さんずいの「治」からにすいの「冶」へ変更)。現在は東北楽天ゴールデンイーグルスブルペン捕手を務めている。

長坂 健冶(長坂 健治)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 神奈川県横浜市
生年月日 (1977-10-29) 1977年10月29日(46歳)
身長
体重
182 cm
90 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手
プロ入り 2001年 ドラフト8巡目
初出場 2002年10月17日
最終出場 2007年5月3日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

来歴・人物

横浜市立横浜商業高等学校から横浜商科大学へ進み、2年春と4年春はベストナイン。日本IBM野洲に入社。鉄砲肩で有名、特に中村泰広とバッテリーを組み、滋賀県の社会人野球ではほぼ無敵の強さを誇っていた。

2001年秋に行われた大阪近鉄バファローズと日本IBM野洲とのプロアマ交流戦で、当時ウエスタン・リーグ2年連続盗塁王だった森谷昭仁の盗塁を2回刺し、二軍ベンチとネット裏のスカウトを驚かせた。近鉄は、予定にはなかったが急遽長坂をドラフト指名リストに入れ、長坂は同年のドラフト会議で近鉄から8巡目指名を受けた。日本IBM野洲が輩出した最初のプロ野球選手である(日本IBM野洲は2003年のシーズン限りで休部に入っており、最後に輩出したプロ野球選手が中村泰広である)。

2005年球団合併・分配ドラフトを経て東北楽天ゴールデンイーグルスへ移籍。捕手陣が手薄な中、同2005年には自己最高の39試合に出場。3月27日の開幕2試合目、楽天打線が渡辺俊介に1安打1四球と抑え込まれ26対0で歴史的完封負けを喫した試合で、唯一の安打を放つ(当該試合記事参照)。本塁打が入りにくいといわれているナゴヤドームでプロ初本塁打を放ったが、打撃の安定感がなく、2006年は一軍出場の機会に恵まれなかった。肩の強さがある反面、送球の悪さと打撃全般に課題を残していた。

2007年10月、球団から戦力外通告を受け、そのまま現役を引退。同年の秋季キャンプよりブルペン捕手へ転身。

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
2002 近鉄 2331100010000000000.333.333.333.666
2003 3540000000000000111.000.200.000.200
2004 2525232420061002000071.174.174.261.435
2005 楽天 3934325600191000010163.188.235.281.516
2006 1110000000000000010.000.000.000.000
2007 1220000000000000001.000.000.000.000
通算:6年 7170658112011620020102156.169.206.246.452

年度別守備成績


捕手
試合刺殺補殺失策併殺捕逸守備率企図数許盗塁盗塁刺阻止率
200221100001.000000-
20032810001,0001011.000
2004256030101.000651.167
2005399130201.00015132.133
20061200001.000110.000
20071100001.000000-
通算 7017370301.00023194.174

記録

背番号

  • 58 (2002年 - 2007年)
  • 108 (2008年 - )※ブルペン捕手

登録名

  • 長坂 健治 (ながさか けんじ、2002年 - 2004年)
  • 長坂 健冶 (ながさか けんじ、2005年 - 2007年)

脚注

    関連項目

    外部リンク

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