関口勇
来歴
旧制北海商業学校 → 札幌鉄道管理局 → 北海道帝国大学若労会
中学時代からジャンプの選手として知られ、卒業後はノルウェースキー連盟副会長のオラフ・ヘルセット中尉の指導を受けた。飛型の美しさには定評があり、日本で初めて本場北欧のジャンプを身につけた選手と言われる。1930年の第8回全日本スキー選手権大会ジャンプ競技で優勝。1932年レークプラシッドオリンピックの日本代表に選出されるが、大会直前に病気で途中帰国した。
その後ノルディック複合に転向し、1935年の全日本スキー選手権大会ノルディック複合で優勝、翌1936年ガルミッシュ・パルテンキルヘンオリンピックの代表に選出される。ノルディック複合個人では、29位の成績を残した。また、同オリンピックより採用された、アルペンスキー複合(滑降・回転)にも出場したが、後半の回転で失格した。
帰国後はアルペンスキーに転向し、1937年の全日本スキー選手権大会アルペンスキー競技では回転と複合で優勝する。同大会の長い歴史においても、ジャンプ・ノルディック複合・アルペンの3部門制覇は、関口しか成し得ていない空前の記録である。
参考文献
外部リンク
- 関口勇 - Olympedia(英語)
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