関直彦
経歴
江戸で紀州藩士関平兵衛の次男として生まれる。1883年、東京大学法学部法律科を卒業後、東京日日新聞入社。東京専門学校・英吉利法律学校の各講師、東京日日新聞記者、日報社社長などを務め、後に弁護士となり東京弁護士会長も務めた。さらに、東京日日新聞・大阪日日新聞・帝国石油の各社長などを歴任。
政界にも進出し、麹町区会議員、東京市会議員、同参事会員、東京府会議員を歴任。1890年7月、第1回衆議院議員総選挙に和歌山県第3区から出馬し当選。その後、第2回総選挙・第6回総選挙は和歌山の選挙区で当選し、第9回から第15回総選挙は東京府の選挙区で当選し、衆議院議員を通算10期務めた。この間、第13代衆議院副議長、立憲国民党幹事長、同総務を歴任。
1927年4月18日、貴族院勅選議員に任じられ[1]、同和会に属し死去するまで在任した。多磨霊園に胸像が建っているが、墓所は高円寺にある。なお、胸像の説明板などは剥がされており、おそらく戦時中の金属供出で取られたものと思われる。
著書
単著
翻訳
- 『オースチン氏法理学』関直彦、1884年3月。
- ビーコンスフヰールド『春鴬囀 政党余談絵入 第1篇』関直彦、1884年3月。NDLJP:896939。
- ビーコンスフヰールド『春鴬囀 政党余談絵入 第2篇』関直彦、1884年4月。NDLJP:896940。
- ビーコンスフヰールド『春鴬囀 政党余談絵入 第3篇』関直彦、1884年6月。NDLJP:896941 。
- ビーコンスフヰールド『春鴬囀 政党余談絵入 第4篇』関直彦、1884年6月。NDLJP:896942。
- ブルーム『英国訴訟法註釈』石川治兵衛、1886年2月。NDLJP:795096。
- ブルーム『英国訴訟法註釈』(復刻版)信山社出版〈日本立法資料全集 別巻 380〉、2005年12月。ISBN 9784797249453。
- 『開巻驚奇 西洋復讐奇談 前編』金港堂、1887年4月。NDLJP:897009。
脚注
- 『官報』第89号、昭和2年4月19日。
- 『官報』号外「叙任及辞令」1915年11月10日。
参考文献
- 上田正昭他『日本人名大辞典』講談社、2001年。
- 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
- 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』1990年。
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