青岸寺
青岸寺(せいがんじ)は、滋賀県米原市の太尾山西麓にある曹洞宗の仏教寺院である。 山号は吸湖山、近江湖北二十七名刹第27番札所、近江七福神(福禄寿)。境内にある築山林泉式枯山水庭園「青岸寺庭園」で知られる。
| 青岸寺 | |
|---|---|
![]() 本堂
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| 所在地 | 滋賀県米原市米原669 |
| 位置 | 北緯35度18分53秒 東経136度17分43秒 |
| 山号 | 吸湖山 |
| 宗派 | 曹洞宗 |
| 本尊 | 聖観音菩薩 |
| 創建年 | 室町時代初期 |
| 開基 | 佐々木道誉 |
| 札所等 | 近江湖北二十七名刹 第27番 |
| 文化財 | 庭園(名勝)、木造聖観音菩薩坐像(滋賀県指定文化財)、木造十一面観音菩薩立像(米原市指定文化財) |
| 法人番号 | 1160005003881 |
概要
創建は室町時代初期で、開基は佐々木道誉である。本尊は佐々木六角氏頼が造立した「お腹籠観音」の名で知られる聖観音立像を胎内仏とする秘仏聖観音坐像。本堂裏の 築山林泉式枯山水庭園日本庭園は国の名勝に指定されている。
歴史
室町時代の延文年間(1356年-1381年)、近江守護の佐々木道誉が不動山の山号と米泉寺の寺号で開創した。
その後、戦国時代に焼失したが、慶安3年(1650年)、彦根藩主井伊直澄の命により彦根大雲寺の要津守三が入山し、敦賀の伊藤五郎助の寄進により再興された。明暦2年(1656年)伊藤五郎助が卒したことを悼み、彼の諡(おくりな)である青岸宗天に因んで寺号を青岸寺、山号を吸湖山に改めた。寺は曹洞宗に改宗し、大雲寺の末寺となった。再興時に作られた庭園は彦根の玄宮園・楽々園築庭のために庭石が持ち出され、荒廃していたが、後に彦根藩士の香取氏により延宝6年(1678年)に再築された。
文化財
青岸寺庭園

左手前に亀島(蓬莱島)、奥に三尊石、不動智尊、枯滝石組、右手前に護岸石組。緑の杉苔は流水を表す。
江戸時代前期の枯山水庭園。三世住持の興欣により書かれた『築園記』によると、延宝6年(1678年)、興欣の依頼で、玄宮園・楽々園築造に関わった井伊家家臣の香取氏が作庭したとされる。座視式を基本とする庭園であるが、面積2,717平方メートルと広大であるため回遊式も兼ねる。平成30年(2018年)から庭園を眺められるカフェを住職自らが経営している[1]。
周辺情報
- 旧米原尋常高等小学校
- 米原宿
脚注
- “住職が自らコーヒー、お寺カフェ人気 百選の庭、眼前に 「地域に溶け込む」”. 京都新聞. (2019年11月6日) 2019年11月6日閲覧。
外部リンク
- 青岸寺 公式サイト
- 庭園ガイド 青岸寺(滋賀県米原市) - 訪問記。庭園の詳細な記述あり。
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