香琳院
家系
木下利次の女系子孫であり、小姓・押田敏勝の三女。母は押田勝久の養女(天野久豊の娘)。また家慶の側室・清涼院は姪に当たるとされる。
名は照、楽、里衛。名のひとつである楽は、第3代将軍・徳川家光の側室で第4代将軍・徳川家綱の生母の宝樹院にあやかったとされる。
生涯
天明7年(1787年)に大奥に入り、最初は家斉の義妹・種姫の婚儀に従って紀州藩の奥向きに仕えた。
大奥に復帰後に家斉の側室となり、寛政5年(1793年)に家斉の次男・家慶(幼名・敏次郎)を生んだ。次いで御年寄上座に昇進し、また家慶が将軍世子となった為、次期将軍の生母として大奥の女中たちから畏敬されるに至る。
関連作品
| 徳川家慶の系譜 |
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