高来郡
高来郡(たかきぐん)は、長崎県(肥前国)にあった郡である。肥前国風土記によると対岸の肥後国玉名郡から雲仙岳を眺めていた景行天皇が「あれは陸か島か」と神大野宿禰に命じ調べに行かせたところ、出迎えた山の神が「高来津座」と名乗ったことが地名の由来とされる。

長崎県高来郡の位置
郡域
概ね現在の下記の区域にあたるが、行政区画として画定されたものではない。
歴史
郡衙は現在の雲仙市内に置かれていたと推定されている。中世の伊佐早荘を領有した西郷氏の領国を江戸時代に龍造寺氏の分家筋である佐賀藩重臣諫早家が藩内私領として領有統治した領地が郡の由来である。
近世以降の沿革
- 所属町村の変遷は北高来郡#郡発足までの沿革、南高来郡#郡発足までの沿革をそれぞれ参照
脚注
- 記載は御崎村。
- 記載なし。
- 実際には旧・佐賀藩領はいったん伊万里県の管轄となり、明治5年1月に長崎県に編入。
- 明治初年の町村の再編により、町村数の合計は「旧高旧領取調帳」の記載とは一致しない。
参考文献
- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典』 42 長崎県、角川書店、1987年6月1日。ISBN 4040014200。
- 旧高旧領取調帳データベース
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.