高林陽一
経歴
1955年、立命館大学法学部政治学科中退。1960年、銀座ヤマハホールで8m/mの自主映画の個人映写会を開き、若手実力派映画監督として注目される。同年の『石っころ』が評価された[1]。1963年、16m/m第1作の「砂」がベルギー実験映画祭で特別賞を受賞。
1964年、飯村隆彦、石崎浩一郎、大林宣彦、金坂健二、佐藤重臣、ドナルド・リチー、足立正生らと実験映画製作上映グループ「フィルム・アンデパンダン」を結成。1964年に発表した「ひなのかげ」はニューヨーク近代美術館所蔵作となり脚光を浴びる。また小川紳介や松本俊夫らの監督と親交を結んだ[1]。「すばらしい蒸気機関車」は、記録映画ながら日本ヘラルド配給で劇場公開されてプロデビュー。次いで劇映画に進出し、1975年のATGとの提携作「本陣殺人事件」、1976年の「金閣寺」などを監督した。「本陣殺人事件」「往生安楽国」では高沢順子を起用した
映画監督、プロデューサー、脚本を手掛ける他、「ねらわれた学園」(角川春樹事務所、1981年)、「廃市」(ATG、1983年)、「縄と乳房」(にっかつ、1983年)などで俳優として映画出演した。
主な監督作品
映画
受賞歴
- 第26回全日本CMフェスティバル・フィルムCM部門全日本CM大賞(1986)
主な著書
- 「魂のシネアスト 高林陽一の宇宙」(ワイズ出版)
- 「あの遠い日の映画への旅」(キネマ旬報社)
主な受賞歴
関連項目
脚注
- http://www.cinematrix.jp/takabayashi/director.html
- 訃報:高林陽一さん81歳=映画監督 毎日新聞2012年7月15日閲覧
- 「CHALLENGE20,000km 『走る列車こそ大いなるスタジオなんだ!』 いい旅チャレンジ20,000km」『週刊TVガイド』1980年5月9日号、東京ニュース通信社、56-57頁。
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