鷲羽山遺跡
概要
鷲羽山の久須美鼻(くすみのはな)[注 1]と呼ばれる場所にある。西日本で最初に発見された旧石器時代の遺跡で、旧石器時代研究の基準的な遺跡の役目を果たしている。鷲羽山は四国側へ海に長く突き出しているため、侵食が激しく、花崗岩が露出しており、石器はこれらの花崗岩が風化した土層の中から発見された。1949年(昭和24年)の岩宿遺跡発見を契機として全国で資料の検討が行われる中、鷲羽山では倉敷考古館を中心として、1951年(昭和26年)頃から資料の検討が行われた。その後、1954年(昭和29年)から本格的な発掘が開始された。第一層は二次的に堆積した、約30cmの表土層であった。[1][2]
脚注
注釈
- 久須見鼻との表記もある。
出典
- “鷲羽山遺跡(わしゅうざんいせき)とは - コトバンク”. コトバンク. 2019年12月31日閲覧。
- “主な調査と展示品”. 倉敷考古館. 2019年12月31日閲覧。
- “ムラ-岡山県ホームページ”. 岡山県. 2019年12月31日閲覧。
関連項目
外部リンク
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