黄錫鎬

黄 錫鎬(ファン・ソッコ、朝鮮語: 황석호1989年6月27日 - )は、大韓民国忠清北道清州市出身のプロサッカー選手Kリーグ1蔚山HD FC所属。ポジションはディフェンダー(センターバック、左サイドバック)。元韓国代表

黄 錫鎬
名前
愛称 ソッコ
カタカナ ファン ソッコ
ラテン文字 Hwang Seok-Ho
ハングル 황석호
基本情報
国籍 大韓民国の旗 大韓民国
生年月日 (1989-06-27) 1989年6月27日(34歳)
出身地 忠清北道清州市
身長 183cm
体重 80kg
選手情報
在籍チーム 大韓民国の旗 蔚山HD FC
ポジション DFCBLSB
背番号 20
利き足 右足
ユース
2005-2007 大韓民国の旗 雲湖高校
2008-2011 大韓民国の旗 大邱大学校
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2012-2014 日本の旗 サンフレッチェ広島 56 (3)
2015-2016 日本の旗 鹿島アントラーズ 36 (0)
2017 中華人民共和国の旗 天津泰達足球倶楽部 15 (0)
2018-2020 日本の旗 清水エスパルス 77 (3)
2021-2023 日本の旗 サガン鳥栖 71 (5)
2024- 大韓民国の旗 蔚山HD FC
代表歴2
2012-2015 大韓民国の旗 韓国 4 (0)
獲得メダル
サッカー
オリンピック
2012 ロンドン男子
1. 国内リーグ戦に限る。2023年12月20日現在。
2. 2015年10月31日現在。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

来歴

プロ入り前

父親は運輸業会社に勤める会社員。清南初等学校3年生から陸上をやっており、忠清北道代表として全国少年体育大会(大韓民国全国体育大会少年大会)に出場している[1]。 小学6年生から陸上を辞めてサッカーを始める[1][2]。この頃は攻撃的なミッドフィールダーとして、雲湖中学校でも同じポジションでプレーした[2]雲湖高校時代も当初そのポジションだったが、高校2年生の時に身体能力と1対1の強さを見込まれ、ディフェンダーにコンバートされた[2]。 2008年、先輩の父親が大邱大学校サッカー部監督であることを知り、同大学に進学する[1]。在学中、Uリーグ(韓国大学リーグ)などの活躍で頭角を表した[2][3]。そこへ2011年春に洪明甫U-22韓国代表監督の目にとまり[1]ロンドンオリンピックアジア予選を戦うU-23韓国代表に選ばれた[2]。2011年ユニバーシアードではユニバ韓国代表として活躍した[1][4]。 大学卒業の際にはKリーグドラフト会議の目玉選手と見られていた[5]。そこへサンフレッチェ広島足立修スカウトの目にとまり、日本行きへの勧誘を受けた[5]

サンフレッチェ広島

2012年、サンフレッチェ広島と契約する[2]。同期入団は増田卓也李大憲。キャンプの段階から評価を高め、同年3月でJ1デビューし以降主力として試合出場を重ねる。 同年、ロンドンオリンピックに臨むU-23韓国代表に選出された。CBのレギュラーである洪正好と右SBの控えである丁東浩がともに招集前に怪我で離脱したことに加え、オーバーエイジ枠で呼ぶ予定だったCB李正秀が所属クラブとの調整に失敗し招集できなかったため、黄が繰り上げで選出された[6]。年代別韓国代表に絡んで来なかった選手であり、U-23韓国代表としては親善試合も含めて2試合のみしか出場していなかったことから、韓国メディアは予想外の選出と報じている[1][6]。五輪ではCBとして全試合出場を果たし、史上初の銅メダルに貢献、兵役免除を勝ち取った。

その後、ロンドンオリンピックでの活躍が認められ、同年9月に韓国代表に初招集され[7]、同年11月にA代表デビューを果たす[8]。その後東アジアカップ20132014 FIFAワールドカップ韓国代表に選出されている。2014年W杯での出場は、グループリーグ初戦ロシア代表戦において洪正好の負傷交代により途中出場を果たした。

鹿島アントラーズ

2015年に鹿島アントラーズへ完全移籍[9]。 鹿島入団後は主にCBを務め、昌子源とコンビを組むことが多かった。10月31日Jリーグカップ決勝ガンバ大阪戦ではキャプテン小笠原満男のCKにヘッドで合わせて移籍後初ゴールとなる先制点をマーク。この試合3-0で勝利し、3年ぶり6回目となる優勝に貢献した。2016年ファーストステージは故障で出遅れるが、2016年6月5日に行われたJリーグカップグループステージ最終節の大宮アルディージャ戦で移籍後初の左SBを務め、約7ヶ月ぶりに実践復帰。その後は調子を上げ、セカンドステージでは見事に復活。チャンピオンシップ準決勝の川崎フロンターレ戦、決勝戦の浦和戦ではフル出場を果たし鹿島アントラーズの7年ぶり8度目のリーグ優勝に貢献。

その後、自身2度目となるクラブW杯出場を果たす。

第96回天皇杯全日本サッカー選手権大会決勝戦では後半スタートから左サイドバックに入り、攻守で安定感を発揮、2−1で川崎フロンターレを下し優勝。

天津泰達足球倶楽部

2017年、中国天津泰達に完全移籍。リーグ戦で15試合に出場した。

清水エスパルス

2017年12月20日、清水エスパルスに移籍[10]。1年ぶりのJリーグでのプレーとなった。

加入後は前評判通りの対人の強さ、カバーリング、ラインコントロール、ビルドアップ能力を発揮し、ディフェンスリーダーとして活躍。

シーズンを通して32試合(2880分)に出場し、清水エスパルス5年ぶりとなる一桁順位8位に貢献。

2018シーズンのファン・サポーターが選ぶ年間ベストプレイヤー『WONDERプレイヤー賞』を受賞。

サガン鳥栖

2021年、サガン鳥栖に完全移籍[11]

プレースタイル

183cmの長身、バネがあり、一瞬でトップスピードに乗る加速力を兼備するセンターバック。1対1のディフェンスに強く、試合終盤に相手ゴール前に攻め上がるスタミナと足元の技術もあり、両足で高精度のショートパスを出すことが出来る。上記の様に身体能力が高い選手である。[12]。ヘディングも強く、前述のJリーグカップ決勝では相手DF岩下敬輔のマークを巧みに外し、勝利に繋がる貴重な先制点を挙げた[13]。サイドバックとしては左右サイドを問わすプレーすることが出来る。

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2012広島2J11804000220
20132630020283
20141203010160
2015鹿島142404100281
20161201030160
中国 リーグ戦 リーグ杯FA杯 期間通算
2017天津泰達14超級150-00150
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2018清水3J13210010331
20192601040310
202019200-192
2021鳥栖202800010290
20222542000274
2023
通算日本J1 2221015112024911
中国超級 150-00150
総通算 2371015112026411

その他の公式戦

国際大会個人成績 FIFA
年度クラブ背番号出場得点出場得点
AFCACLクラブW杯
2012広島2-30
201330-
201461-
2015鹿島1450-
2016-10
通算AFC 14140
出場歴
  • 公式戦初出場 - 2012年3月24日 J1 第3節 鹿島アントラーズ戦(広島ビッグアーチ)
  • 公式戦初得点 - 2013年7月10日 J1 第15節 川崎フロンターレ戦(エディオンスタジアム広島)

代表歴

タイトル

クラブ

サンフレッチェ広島
鹿島アントラーズ

脚注

  1. inews365
  2. 中国新聞2012年1月28日付
  3. 승부차기 끝에 조선대 누르고 16강 진출성공! 대구대학교 (朝鮮語). KFA公式 (2010年10月21日). 2012年2月21日閲覧。
  4. 남자 유니버시아드 대표팀, 영국에 패하며 4강 진출 실패 (朝鮮語). KFA公式 (2010年8月19日). 2012年2月21日閲覧。
  5. サンフレッチェ広島 足立修さんをお迎えしました”. HFMゴール (2012年1月10日). 2012年2月21日閲覧。
  6. 황석호, 홍명보호 진짜 행운의 주인공 (朝鮮語). スタートゥデイ (2012年6月30日). 2012年7月1日閲覧。
  7. '홍명보의 아이들' 올림픽 3인방, '최강희팀' 황태자 후보는? (朝鮮語). daum (2012年9月3日). 2012年9月4日閲覧。
  8. 최강희호, 중앙수비 '합격'...좌우풀백 '글쎄' (朝鮮語). 朝鮮日報 (2012年11月15日). 2012年11月19日閲覧。
  9. ファン ソッコ選手(天津泰達足球倶楽部)完全移籍にて加入決定のお知らせ』(プレスリリース)清水エスパルス、2017年12月20日https://www.s-pulse.co.jp/news/detail/38745/2020年12月25日閲覧
  10. 鳥栖、清水からDFファン・ソッコを獲得「強い覚悟と責任感を持って」”. サッカーキング (2021年1月3日). 2021年1月4日閲覧。
  11. 広島期待の新戦力ファン・ソッコは、どこまで「使える」か?(増補:2012年04月07日 広島 4-1 G大阪 J1第5節レビュー) ライブドアニュース
  12. G大阪にリベンジ果たしたファン・ソッコ「悔しかった気持ちぶつけた」 マイナビニュース

参考資料

関連項目

外部リンク

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