1944年のラジオ (日本)

1944年のラジオ (日本)では、1944年の日本のラジオ番組、その他ラジオ界の動向について記す。

主な番組関連の出来事

  • 3月30日 - 「本土決戦は必至」との情勢から、夜間の放送が従来の群別放送から、再び全国統一周波数による放送となる[1]。
  • 10月 - 「地区ごとに確実に防空情報を伝達する」必要性、また電波管制の防空効果が疑問とされたことなどから、昼夜とも群別放送の形に戻される[1]。
  • 12月25日 - 米軍、サイパン島・KSAIからNHKの全国統一周波数と同一周波数で日本向け宣伝放送を開始[2]。

主なその他ラジオ関連の出来事

  • 5月17日 - 日本放送協会が高松で放送開始。
  • 7月25日 - 第3次パラオ大空襲によってパラオ放送局の送信施設が破壊され、パラオ放送局機能喪失。8月1日に日本軍司令部と南洋庁の勧告により、パラオ放送局を閉鎖。

節目

脚注

  1. 放送の「地域性」の形成過程 - 『放送研究と調査』)NHK)2017年1月号
  2. 『放送の五十年 昭和とともに』, pp. 100–102.

参考文献

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