1945年のNFL
1945年のNFLは、NFLの26年目のシーズンである。
1945年のNFL | |||
|---|---|---|---|
| レギュラーシーズン | |||
| 日程 | 1945年9月23日 - 1945年12月9日 | ||
| 東地区優勝 | ワシントン・レッドスキンズ | ||
| 西地区優勝 | クリーブランド・ラムズ | ||
| NFLチャンピオンシップ | |||
| 開催日 | 1945年12月16日 | ||
| 開催地 | オハイオ州クリーブランド | ||
| スタジアム | クリーブランド・スタジアム | ||
| チャンピオン | クリーブランド・ラムズ | ||
NFLシーズン
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前年、合同チームでリーグ参加したピッツバーグ・スティーラーズとシカゴ・カージナルスが通常通りの参加に戻った。また、ブルックリン・ドジャースとボストン・ヤンクスがこのシーズンに合同チームで参加した。このチームは、「ザ・ヤンクス」として知られている。シーズン終了後、ドジャースのダン・トッピングオーナーがAAFCへの参入を表明したため、ドジャースは解散し、所属選手はボストン・ヤンクスと契約した。
NFLチャンピオンシップで、クリーブランド・ラムズが、ワシントン・レッドスキンズを15対14で破り、NFLチャンピオンに輝いた。
ドラフト
1945年4月8日にドラフトが行われ、32巡330名が指名された。
主なルール変更
- ハッシュマークが中心よりに移動し、サイドラインから20ヤードの位置になった。
- センターの下に手を伸ばした選手がスナップを受け取らない場合は、フォルススタートの反則を科されることになった。
- スナップを受け損なった場合、ファンブルとして扱われることになった。
- エキストラポイントで攻撃側チームがボールを置く位置を下げる選択ができるようになった。
- パントキックがスクリメージラインを越え、レシーブ側選手に触れた場合、その選手がボールを支配する前でもキック側チームがリカバーできるようになった。
順位表
| 東地区 | |||||||
| チーム | 勝 | 敗 | 分 | 率 | 得点 | 失点 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| ワシントン・レッドスキンズ | 8 | 2 | 0 | .800 | 209 | 121 | |
| フィラデルフィア・イーグルス | 7 | 3 | 0 | .700 | 272 | 133 | |
| ニューヨーク・ジャイアンツ | 3 | 6 | 1 | .333 | 179 | 198 | |
| ヤンクス | 3 | 6 | 1 | .333 | 123 | 211 | |
| ピッツバーグ・スティーラーズ | 2 | 8 | 0 | .200 | 79 | 220 | |
| 西地区 | |||||||
| チーム | 勝 | 敗 | 分 | 率 | 得点 | 失点 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| クリーブランド・ラムズ | 9 | 1 | 0 | .900 | 244 | 136 | |
| デトロイト・ライオンズ | 7 | 3 | 0 | .700 | 195 | 194 | |
| グリーンベイ・パッカーズ | 6 | 4 | 0 | .600 | 258 | 173 | |
| シカゴ・ベアーズ | 3 | 7 | 0 | .300 | 192 | 235 | |
| シカゴ・カージナルス | 1 | 9 | 0 | .100 | 98 | 228 | |
NFLチャンピオンシップゲーム
ワシントン・レッドスキンズ 対 クリーブランド・ラムズ
| 1 | 2 | 3 | 4 | Total | |
|---|---|---|---|---|---|
| レッドスキンズ | 0 | 7 | 7 | 0 | 14 |
| ラムズ | 2 | 7 | 6 | 0 | 15 |
開催地 オハイオ州クリーブランド クリーブランド・スタジアム
- 開催日: 1944年12月17日
- 観客動員数: 32,178
脚注
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