フィラデルフィア・イーグルス

フィラデルフィア・イーグルス(英語: Philadelphia Eagles、略称: PHI)は、アメリカ合衆国ペンシルベニア州フィラデルフィアに本拠地をおくNFLチーム。NFC東地区に所属している。ホームスタジアムは、リンカーン・フィナンシャル・フィールド。イーグルスの愛称の由来はニューディール政策で設置された全国復興庁のシンボルである青いワシ[1]。

フィラデルフィア・イーグルス
Philadelphia Eagles
創設 1933年7月8日 (1933-07-08)
NFL参入 1933年シーズン
所属地区
  • NFL(1933-現在)
    • NFC(1970-現在)
    東地区(1970-現在)
    • 東カンファレンス(1953-1969)
    首都地区(1967-1969)
    地区分けなし(1953-1966)
    • アメリカン・カンファレンス(1950-1952)
    • 東地区(1933-1949)
チームデザイン
チームロゴ

ワシの頭部
チームカラー
  ミッドナイトグリーン
  シルバー
  黒
  白
ユニフォーム
チーム名
  • フィラデルフィア・イーグルス(1933-1942, 1944-現在)
    • フィラデルフィア=ピッツバーグ・スティーグルス(1943)
ホームタウン
1933-現在の位置(アメリカ合衆国内)
1933-現在
1933-現在

ペンシルベニア州フィラデルフィア(1933-現在)

リンカーン・フィナンシャル・フィールド(2003-現在)
ベテランズ・スタジアム(1971-2002)
フランクリン・フィールド(1958-1970)
コニー・マック・スタジアム
 シャイブ・パーク
(1940, 1942-1957)
フィラデルフィア・ミュニシパル・スタジアム(1936-1939, 1941)
ベイカー・ボウル(1933-1935)

永久欠番
  • 5
  • 15
  • 20
  • 40
  • 44
  • 60
  • 70
  • 92
  • 99
獲得タイトル
スーパーボウル創設(1966年)以降
スーパーボウル・チャンピオン (1回)
カンファレンス・チャンピオン (4回)
NFC
地区優勝 (11回)
旧NFC東地区
NFC東地区
ワイルドカード(14回)
プレーオフ進出(24/58回)
AFL合併(1969年)以前
NFLチャンピオン
カンファレンス・チャンピオン
NFL東
地区優勝
NFL東地区
球団組織
オーナージェフリー・ルーリー
GMハウィー・ローズマン
ヘッドコーチニック・シリアニ

歴史

NFL統合前

フィラデルフィアには1924年から1931年までフランクフォード・イエロージャケッツというNFLチームが存在した。イエロージャケッツは1926年にNFLチャンピオンに輝いたが、世界恐慌と本拠地の火災の影響から財政が悪化し、1931年のシーズン中に活動休止し、フランチャイズ権をNFLに返上した。

イエロージャケッツのフランチャイズ権返上以降、フィラデルフィアに本拠地を構えるオーナーを探していたNFLは、1933年、バート・ベル、ラッド・レイに25,000ドルでイエロージャケッツのフランチャイズ権を与える形でフィラデルフィアでのチーム創設を許可し、設立されたのがフィラデルフィア・イーグルスである[1]。チームの愛称は世界恐慌からの回復するためのニューディール政策で設置された全国復興庁のシンボルであった青いワシのようにチームを上昇させたいと願い、ベルが名付けた[1]。10月15日の最初の試合では、ニューヨーク・ジャイアンツに0-56で敗れた。ホームデビュー戦となった翌週のポーツマス・スパルタンズにも0-25で敗れた。11月5日のシンシナティ・レッズ戦で初勝利、この年3勝5敗1分に終わった[1]。

チームは当初、イエロージャケッツのユニフォームを着用してプレーしたものの、あくまでもピッツバーグ・スティーラーズ、シンシナティ・レッズと共にエクスパンションチームとして加入したチームであるので、イエロージャケッツの記録は継承していない。

1934年、開幕から6連敗を喫したが、最後の5試合中4試合に勝ち、4勝7敗で終えた。1935年、2勝9敗と成績は下降した。シーズン終了後、バート・ベルは、ラッド・レイからオーナー権を獲得、単独オーナーとなった[1]。

ベルオーナーは、カレッジフットボールの選手獲得に、ドラフト制度を実施することを提案、1936年、イーグルスは全体1位でハイズマン賞受賞のジェイ・バーワンガーを指名した。しかしバーワンガーは入団を拒否、NFLでプレーすることはなかった。この年チームは、ベイカー・ボウルからフィラデルフィア・ミュニシパル・スタジアムに移った。バート・ベルがヘッドコーチに就任し、開幕戦は勝ったものの残り11試合に敗れ、1勝11敗に終わった[1]。

1937年、開幕から3連敗し、シカゴ・カージナルスの持つ連敗記録に並んだが、ワシントン・レッドスキンズに敵地で勝利、2勝8敗1分で終えた。1938年は5勝6敗と成績を改善させた[1]。

1939年、オールアメリカンのクォーターバック、デイビー・オブライエンと12,000ドルで契約を結んだ。全試合に出場したオブライエンは、1324ヤードを投げてNFL記録を更新した。しかしチームは1勝9敗1分に終わった。10月22日のブルックリン・ドジャース戦がイーグルスの試合としては初めてテレビ放送された[1]。

1940年に本拠地をフィラデルフィア・ミュニシパル・スタジアムからシャイブパーク(1953年にコニー・マック・スタジアムに改称)に移した。この年チームは1勝10敗に終わった[1]。

1941年、本拠地をミュニシパル・スタジアムに戻した。ヘッドコーチには、グリージー・ニールが就任した。チームは2勝9敗に終わった。1942年、チームは本拠地をシャイブ・パークに1年で戻した。チームは2勝9敗で最下位に終わった[1]。

第二次世界大戦中の1943年には所属選手が不足したため、ピッツバーグ・スティーラーズと合同チームとなり、フィラデルフィア=ピッツバーグ・スティーグルス(Philadelphia-Pittsburgh Steagles)となった。この年チームは5勝4敗1分、シーズン終了後、合同チームは解消された[1]。

1946年にバート・ベルはNFLコミッショナーとなった。アール "グリージー" ニールヘッドコーチに率いられたチームはスティーブ・バンビューレンなどの活躍で1947年から3年連続でNFLチャンピオンシップゲームに出場を果たし吹雪の中行われた1948年にはシカゴ・カージナルスに7-0、1949年にはロサンゼルス・ラムズに14-0とNFL史上唯一2年連続相手チームを完封して優勝した。1957年に本拠地をペンシルベニア大学のフランクリン・フィールドに移した。同スタジアムは1969年に人工芝となりNFLチームとしては最初に人工芝球場を本拠地としたチームになった。

1960年、バック・ショウヘッドコーチの下、後にプロフットボール殿堂入りを果たしたノーム・バン・ブルックリン、チャック・ベドナリクらの活躍で3度目NFLチャンピオンとなった。また、この年無敗だったヴィンス・ロンバルディのグリーンベイ・パッカーズを17-13で破った。

1963年、チームはジェリー・ウォルマンに買収されたが1969年にレナード・トースが当時プロスポーツチームとしては最高額の1615万5000ドルで買収した。その後直ちに5シーズンで24勝41敗1分の成績しか残せなかったジョー・クハリッチが解任された。ピート・レツラフがGMにジェリー・ウィリアムズがヘッドコーチに就任した。

統合後

1970年のNFLとAFLの統合後、NFC東地区に所属した。その後同地区のライバルであるダラス・カウボーイズ、ワシントン・レッドスキンズの影に隠れプレーオフ出場はなかなか果たせず1962年から1975年に勝ち越したのはわずか1回であった。1976年にUCLAからディック・ヴァーミールを迎えると、1978年には18年ぶりにポストシーズンゲーム出場を果たした。11月19日のニューヨーク・ジャイアンツ戦ではイート・ザ・ボールされれば敗北必至のところ、相手オフェンスのファンブルをハーマン・エドワーズがファンブルリカバーTDをあげて勝利した[2]。

1978年から1981年まで4シーズン連続プレーオフに進出した。1980年にはQBロン・ジャウォースキー、WRハロルド・カーマイケルらの活躍で初のNFC東地区優勝を達成、チームは第15回スーパーボウル出場を果たしたがオークランド・レイダースに敗れた。この試合ではジャコウスキーのパスがロッド・マーティンに3回インターセプトされるスーパーボール記録を作られている[3]。

1985年にチームはフロリダ州で自動車販売業で富を築いたノーマン・ブラマンらに6500万ドルで売却された。この際トース前オーナーがカジノでのギャンブルで2500万ドルの借金を抱えたことが報道された。1986年には第20回スーパーボウルを制したシカゴ・ベアーズのディフェンシブコーディネーター、バディ・ライアンがヘッドコーチに就任した。強力ディフェンスなどでチームは1980年代終わりから1990年代初めにプレーオフにしばしば出場を果たした。しかしプレーオフで勝てないライアンは1991年1月7日に解任されオフェンスコーディネーターのリッチ・コータイトが後任となった。1992年のプレーオフでチームはニューオーリンズ・セインツを破ったが1994年に7勝2敗から終盤7連敗して7勝9敗に終わるとコータイトは契約延長されることなくチームを去った。1988年から1996年までチームは9シーズン中6回プレーオフに出場したが地区優勝は1988年の1回のみであった。この時代のオフェンスのスター選手は走れるQBのランドール・カニンガム、キース・ジャクソン、ハーシェル・ウォーカーなど、ギャンググリーンと呼ばれたディフェンスはレジー・ホワイト、ジェローム・ブラウン、クライド・シモンズ、セス・ジョイナー、ウェズ・ホプキンス、マイク・ゴーリック、バイロン・エバンズ、エリック・アレン、アンドレ・ウォーターズなどである。この時代はNFC東地区がハイレベルであり強力な同地区ライバルチーム相手に善戦するものの上位進出を阻まれ続けた。エースQBのカニンガムは並外れた身体能力を生かした次世代のQBとして期待されたが故障も多く、あと一歩の殻を打ち破れずにいた。

1994年5月6日、ブラマンオーナーから1億8500万ドルでジェフリー・ルーリーにチームは売却された。フォーブスの2006年版によると評価額は10億2400万ドルでありNFLで5番目に高いフランチャイズとなっている。チームユニフォームのカラーも明るいケリーグリーンとシルバー、ホワイトから濃色のミッドナイトグリーンにブラック、ホワイトへと変更された。レイ・ローズが指揮した4年間は世代交代の時期とも重なり、2度プレイオフに進出したのが限度であった。

アンディ・リードの時代

1999年から2012年までヘッドコーチを務めたアンディ・リード

1999年にアンディ・リードがヘッドコーチに就任し、ドラフト全体2位で獲得したQBドノバン・マクナブの台頭もあってチームは一時期の低迷から脱し、2001年から2004年にかけて4年連続NFCチャンピオンシップゲームに出場した。最初の3回は敗れたが2004年シーズンには第39回スーパーボウルへの出場を果たしニューイングランド・ペイトリオッツと対戦したが21-24で敗れて優勝は果たせなかった。2008年シーズンはぎりぎりでプレーオフ出場を決め前年のスーパーボウル覇者であるニューヨーク・ジャイアンツを敵地で23-11と破ったがNFCチャンピオンシップゲームでアリゾナ・カージナルスに25-32で敗れスーパーボウル出場はならず、リードはまたしてもホノルルでプロボウルの指揮を執る事になった。リードはチャンピオンシップ敗退のヘッドコーチとして4回もプロボウルに出ており元スティーラーズHCのビル・カウアーと並んでアロハコレクターと揶揄された。

2009年ジェッツ戦(QBマイケル・ヴィック)

2009年、5月にジム・ジョンソンディフェンスコーディネーターが癌性腫瘍の治療のため、チームを離脱、トレーニングキャンプ直前の7月にショーン・マクダーモットをディフェンスコーディネーターに昇格させた[4]。7月28日にジョンソンは68歳で亡くなった[5]。

開幕直前に、闘犬賭博罪で収監され18ヶ月の刑期を終えたQBマイケル・ヴィックを獲得。2009年シーズン終了後、ドラフト権と引き換えにマクナブをワシントン・レッドスキンズへ放出した。

2010年には、当初ケビン・コルブを先発QBとして開幕戦を迎えたが、負傷のため途中交代。2戦目以後ヴィックを柱としてチームは連勝を重ね、10勝6敗でNFC東地区優勝を果たす。一時はNFLから無期限出場停止処分を受けていたヴィックの活躍は、サクセスストーリとして全米の注目を集めるとともに、オバマ大統領も再起のチャンスを与えたイーグルスに対して賞賛を送った [6]。

2011年には開幕前にCBナムディ・アソムーア、ドミニク・ロジャース=クロマティ、ロニー・ブラウン、QBヴィンス・ヤングらプロボウルに出場経験のある選手を多く補強し、ドリームチームと呼ばれたがシーズンは負けが先行し、終盤盛り返すも8勝8敗でプレーオフを逃した。

2012年、ドラフト3巡目にQBニック・フォールズを指名した。この年は開幕から4試合で3勝1敗の成績をあげたが、その後8連敗するなど最後の12試合はわずか1勝で4勝12敗に終わり[7]シーズン終了後リードHCは解任された。リードは14シーズンで130勝93敗1分、地区優勝6回、カンファレンスチャンピオンシップに5回出場、スーパーボウル1回出場の成績を残した[8]。この年、チームはQBヴィックが開幕からターンオーバーを連発、ヴィック、RBルショーン・マッコイが脳震盪で数試合欠場、WRデショーン・ジャクソンはシーズン絶望の負傷をしている。10月16日にはホアン・カスティーヨディフェンスコーディネーターが解雇された[9]。

チップ・ケリーの時代

2013年、オレゴン大学のヘッドコーチチップ・ケリーがヘッドコーチに就任した[10]。ケリーは正QBにニック・フォールズを据えカレッジ仕込みのアップテンポオフェンスと3-4ディフェンスを持ち込み10勝6敗で地区優勝を果たしたが、ワイルドカードプレーオフでニューオーリンズ・セインツに24-26で敗れた。翌2014年には人事権のあるGMを兼務しオレゴン大出身の選手を多く獲得するなど選手を大幅に入れ替えたが、ノーハドルで攻撃を短時間に繰り出す攻撃システムも対策が進み勢いを失い、守備選手の出場時間が長くなり体力を消耗するため終盤に失点を重ねてしまうというデメリットの方が目立っていた。シーズン途中に正QBだったフォールズは鎖骨骨折で戦線離脱してしまい、前ニューヨーク・ジェッツのQBマーク・サンチェスと契約して10勝6敗をあげたもののプレーオフ進出を逃した。2015年はGMの地位を剥奪されHC専任となる。QBフォールズをラムズへ放出して代わりに獲得したサム・ブラッドフォードを正QBに据えたが7勝9敗と負け越し、求心力を失ったケリーHCは解雇された

ダグ・ピーダーソンの時代

2016年にはダグ・ピーダーソンが新HCに就任した。ドラフトでは全体2位でQBカーソン・ウェンツを指名、開幕直前に正QBのサム・ブラッドフォードをミネソタ・バイキングスへ放出した。新人QBらしからぬ落ち着いたプレイを見せたウェンツと守備をチーム伝統の4-3隊形に戻して安定感も取り戻し開幕から3連勝を飾ったが、その後失速し7勝9敗の成績を挙げながらも地区最下位に終わった。

2017年はベテランのWRアルション・ジェフリー、トリー・スミス、RBリギャレット・ブロウント、CBロナルド・ダービーらを獲得、ドラフトでは守備陣を中心に補強してランディフェンスが向上、シーズン途中には負傷で戦線離脱したRBダレン・スプロールズに代わり、RBジェイ・アジャイを獲得した。QBウェンツの成長もあってチームは8連勝を記録するなどして首位を独走していたが、第14週のロサンゼルス・ラムズ戦でウェンツが左膝の前十字靭帯を断裂しシーズン絶望となり、3年ぶりにチームに復帰した控えのニック・フォールズが先発QBとなった。チームは13勝3敗で地区優勝、NFC第1シードを獲得しホームアドバンテージを獲得した。第1シードを獲得したもののエースQBのウェンツを失ったチームはフォールズがシーズン終盤に低調なプレーを見せた試合もあり、プレーオフでは苦戦が予想された。ディビジョナルプレーオフではアトランタ・ファルコンズを15-10で、NFC チャンピオンシップではミネソタ・バイキングスを38-7でそれぞれ破りカンファレンスチャンピオンとなり、2004年以来となるスーパーボウル出場を果たした。

第52回スーパーボウルではニューイングランド・ペイトリオッツと対戦。戦力的にイーグルスが不利と思われていたが、その評価を覆してペイトリオッツを41-33で破り、チーム史上初のスーパーボウルチャンピオンとなった[11]。

2018年は連覇が懸かるが主力選手・コーチ陣の移籍、厳しいスケジュール、全体32位の低いドラフト指名順により1巡指名を回避するなど苦戦が予想された。スーパーボウルMVPのフォールズが開幕QBとなるも不調により第3週からウェンツがQBに復帰するがチームの主力であるRBとDBに怪我人が続出しラン攻撃とパスディフェンスが弱体化した結果プレーオフ出場が厳しい状況に置かれた。シーズン終盤、再びウェンツが負傷してフォールズがスターターに復帰し残り3試合を全勝、最終週で第6シードの座を奪い取り9勝7敗でプレーオフ進出を果たした。ワイルドカードプレーオフでは第3シードのシカゴ・ベアーズと対戦、相手の決勝フィールドゴールをブロックし16-15で勝利、ディビジョナルプレーオフは第1シードのニューオーリンズ・セインツに14-20で敗戦した。

2019年はDEクリス・ロングが引退、QBニック・フォールズがジャクソンビル・ジャガーズに移籍したがWRデショーン・ジャクソンのチーム復帰、ベアーズからRBジョーダン・ハワードを獲得するなどの補強をした。しかしこのシーズンは攻撃陣に怪我人が続出、RB、WRは開幕時のスターター全員が故障で途中離脱となった。負けが先行する苦しい状態ながらもシーズン終盤の同地区対決を4連勝し最終週に地区優勝を決め、9勝7敗の成績で第4シードでプレーオフに滑り込んだ。プレーオフ初戦ではここまでチームを牽引してきたQBウェンツが脳震盪で退場して攻撃陣が破綻、シアトル・シーホークスに9-17で敗退した。

2020年はSマルコム・ジェンキンスがセインツへ移籍、CBダリアス・スレイを獲得。開幕2連敗の後シンシナティ・ベンガルズと引き分け、4戦目のサンフランシスコ・49ers戦でシーズン初勝利となるが2020シーズンはNFC東地区の全チームが低迷、引き分けの差だけで地区首位をキープする状態が続く。前年地区優勝によるタフなスケジュールも影響し連敗が続き、第14週からはQBウェンツに代わりドラフト2巡のルーキーQBジェイレン・ハーツが先発、ニューオリンズ・セインツ相手に勝利するなどしたが終盤も連敗して同地区が全て負け越す中で4勝11敗1分の成績で地区最下位となり、2021年ドラフトは全体6巡指名となった。すでにイーグルスの地区最下位は決定済みながら、地区一位を決めることになった最終戦の対ワシントン戦では、第4クォーターで先発QBをベンチに置いて敗北し、ドラフトの順番を上げるために意図的に負けたのではないかと論議を呼んだ[12]。2021年1月11日、ピーダーソンHCは解雇された。

ニック・シリア二の時代

2021年、前インディアナポリス・コルツの攻撃コーディネーターであったニック・シリアニが新HCに就任した[13]。ドラフト指名権2つと引き換えにQBウェンツをインディアナポリス・コルツにトレードした。デショーン・ジャクソン、アルション・ジェフリーらの離脱でWRが手薄になり、ドラフトでは全体6位の指名権を12位にトレードダウンし、ドラフト当日にトレードアップしてWRデボンタ・スミスを全体10位で指名した。FAでQBガードナー・ミンシューやCBスティーブン・ネルソンなどを獲得する。エースQBには2年目の若いジェイレン・ハーツが指名された。公式戦が1試合増え選手の移籍や厳しいキャップにも悩まされ劣勢が予想されたがアトランタ・ファルコンズとのシーズン開幕戦を勝利しシリアニHCの初陣を飾った。シーズン途中にTEザック・アーツがアリゾナ・カージナルスに移籍しさらに厳しい戦いを強いられたが終盤連勝して、第17週にプレーオフ進出を決め9勝8敗と勝ち越し、今季より1枠拡大された第7シードとなった。ワイルドカードプレーオフでは第2シードのタンパベイ・バッカニアーズに15-31で敗れた。

2022年はGブランドン・ブルックスが引退、Sロドニー・マクロードがコルツに移籍した他に若手WRを放出。ドラフトでは1巡でDTジョーダン・デービス、2巡でC/Gキャム・ユルゲンスを指名、攻守の主力であるDTコックス、Cケルシーの後継者を獲得した。CBジェームズ・ブラッドベリー、地元テンプル大出身のLBハサン・レディックらがFA加入、トレードでWRのA・J・ブラウン、SのC・J・ガードナー=ジョンソンなどを獲得した。攻守に渡り好調で開幕からリーグ唯一の8連勝を記録し、第10週のワシントン・コマンダーズとの同地区対決にて今季初黒星を喫したものの、その後も勝ち続け第14週にはプレーオフ出場を決めた。終盤でハーツの負傷欠場があり連敗を喫したがハーツは最終週で復帰し勝利を挙げ14勝3敗でレギュラーシーズンを終え、地区優勝と第1シードを獲得した。NFCの週間最優秀選手を開幕からの5週連続を含め延べ9人が受賞[14]、QBハーツは9月、LBレディックは12月のNFC月間最優秀選手を受賞した。ディビジョナルラウンドからの登場となったプレーオフ初戦は第6シードのニューヨーク・ジャイアンツに38-7で圧勝、5年ぶりに進んだNFCチャンピオンシップゲームでは第2シードのサンフランシスコ・フォーティナイナーズに31-7で勝利し、第57回スーパーボウルの出場を決めた。だがスーパーボウルでは35-38でカンザスシティ・チーフスに敗れた。


2023年はDCジョナサン・ギャノンがアリゾナ・カージナルスHCに、OCシェーン・スタイケンがインディアナポリス・コルツHCにそれぞれ就任してチームから離脱。ドラフトでは1巡9位でDTジェイレン・カーター、30位でLBノーラン・スミスを獲得、2年連続でジョージア大からの指名となった。QBミンシュー、RBサンダース、Sガードナー=ジョンソンなどが移籍したものの、DTコックス、CBスレイ、CBブラッドベリー、RBスコットとは再契約を結んだ。QBマーカス・マリオタ、RBラシャード・ペニー、地元出身のRBディアンドレ・スウィフトなどが加入した。今期は2試合で80年代後半から90年代前半に使われたケリーグリーンとシルバーのスローバックユニフォームを使用した。開幕からチーム史上初の2年連続開幕5連勝を飾るなど好スタートを切った。NFCの週間最優秀選手を第1、第4週、第12週のスペシャルチーム部門でKエリオットが、攻撃部門を第2週RBスウィフト、第7週WRブラウン、第8週QBハーツが受賞した。ハーツは10月のNFC月間最優秀攻撃選手にも選ばれた。第12週までは10勝1敗とカンファレンス首位を維持したがその後は1勝5敗と急失速し、第15週にプレーオフ進出を決めたものの地区優勝は逃し11勝6敗で第5シードとなった。ワイルドカードプレーオフでも挽回できずにタンパベイ・バッカニアーズに敗れてシーズン終了となった。

文化

ビリーペンの呪い

フィラデルフィアにはかつて、フィラデルフィア市庁舎の尖塔に立つウィリアム・ペン像の高さ(167m)を超える建物を建てない、という紳士協定が存在した。しかし、1987年3月に高さ288mのワン・リバティ・プレイスが建設され、それ以来、イーグルスを含むフィラデルフィアに拠点を置くすべての主要なプロスポーツチームが優勝を果たすことができなかった。これは市民の間でビリーペンの呪い(Curse of Billy Penn)と称された。2008年、MLBのフィラデルフィア・フィリーズがワールドシリーズで優勝し、呪いは解けた[注 1]。その後、イーグルスも2018年にスーパーボウル初制覇を果たしている。

ファン

スーパーボウルを制覇し、喜ぶファン(2018年)

イーグルスのファンはNFLの中でもとりわけ熱狂的と言われている[15]。本拠地開催での試合は常に満員であり、2008年8月に71試合連続でチケット完売を記録した。しかしながら、悪評もついており、ファンのマナーについて言及される場合もある。『インヴィンシブル 栄光へのタッチダウン』『世界にひとつのプレイブック』『ディア・ハンター』『フィラデルフィアは今日も晴れ』など、映画に取り上げられることも多い。

マスコット

マスコットのスウープ

チームの公式マスコットは、ワシのスウープ(Swoop)である。ネシャミニー州立公園のワシの森で生まれ、視力と体力が弱い白頭ワシだったが、強く真実のハートを持っていた。イーグルスのファンがスウープに、強さを増強するユニフォームを与えると、体と心が人間のサイズに成長した。スウープは、他者を助けることを望んだため、イーグルスコミュニティの監督者になった、という逸話がある。

1994年にコメディ映画『エース・ベンチュラ』にカメオ出演し、主人公のベンチュラに打ち負かされる役どころを演じた。

チアリーダ--

チームの公式チアリーダーとして、フィラデルフィア・イーグルス・チアリーダーズ(Philadelphia Eagles Cheerleaders)が活動している。1948年にイーグルッツ(Eaglettes)としてデビューし、1970年代にリバティ・ベルズ(Liberty Belles)となった後、1980年代に現在の名称へと変更された。2012年には、アラバマ州モービルで開催されたシニアボウル(カレッジフットボールのオールスターゲーム)にも出場した。

2024年シーズン

2024年シーズンのイーグルスの対戦相手
AFCNFC
前年西地区南地区北地区東地区西地区南地区北地区東地区
1位 チーフス テキサンズ レイブンズ ビルズ 49ers バッカニアーズ ライオンズ カウボーイズ
2位 レイダース ジャガーズ ブラウンズ ドルフィンズ ラムズ セインツ パッカーズ イーグルス
3位 ブロンコス コルツ スティーラーズ ジェッツ シーホークス ファルコンズ バイキングス ジャイアンツ
4位 チャージャーズ タイタンズ ベンガルズ ペイトリオッツ カージナルス パンサーズ ベアーズ コマンダース

 :1度対戦  :2度対戦

2023年シーズン及び過去10シーズンの成績
年成績地区勝敗分率DivCon総得点総失点平均得点平均失点
2023 ワイルドカード敗退2位(5)1160.6474–27–5433428 25.525.2
2022 スーパーボウル敗戦1位(1)1430.8244-29-3477344 28.120.2
2021 ワイルドカード敗退2位(7)980.5293-37-5444385 26.122.6
2020 レギュラー敗退4位4111.2812-44-8334418 20.926.1
2019 ワイルドカード敗退1位(4)970.5635-17-5385354 24.122.1
2018 ディビジョナル敗退1位(4)1060.6255-19-3339324 21.220.3
2017 スーパーボウル制覇1位(1)1330.8135-110-2457295 28.618.4
2016 レギュラー敗退4位790.4382-45-7367331 22.920.7
2015 レギュラー敗退2位790.4383-34-8377430 23.626.9
2014 レギュラー敗退2位1060.6254-26-6474400 29.625.0
2013 ワイルドカード敗退1位(3)1060.6254-29-3442382 27.623.9

()内はシード順

2023年シーズン成績

NFC東地区 2023
チーム勝敗分勝率DivCon総得点総失点平均得点平均失点得失差
(2)ダラス・カウボーイズ 1250.7065–19–3509315 29.918.511.4
(5)フィラデルフィア・イーグルス 1160.6474–27–5433428 25.525.20.3
ニューヨーク・ジャイアンツ 6110.3533–35–7266407 15.623.9-8.3
ワシントン・コマンダース 4130.2350–62–10329518 19.430.5-11.1
NFC 2023
順
位
チーム地
区
勝敗分勝率DIVCONSOSSOV
地区優勝
1[lower-alpha 1] サンフランシスコ・49ers 西 1250.7065–110–2 .509.475
2[lower-alpha 1] ダラス・カウボーイズ 東 1250.7065–19–3 .446.392
3[lower-alpha 1] デトロイト・ライオンズ 北 1250.7064–28–4 .481.436
4[lower-alpha 2] タンパベイ・バッカニアーズ 南 980.5294–27–5 .481.379
ワイルドカード
5 フィラデルフィア・イーグルス 東 1160.6474–27–5 .481.476
6 ロサンゼルス・ラムズ 西 1070.5885–18–4 .529.453
7[lower-alpha 3][lower-alpha 4] グリーンベイ・パッカーズ 北 980.5294–27–5 .474.458
レギュラーシーズン敗退
8[lower-alpha 3][lower-alpha 4] シアトル・シーホークス 西 980.5292–47–5 .512.392
9[lower-alpha 2][lower-alpha 3] ニューオーリンズ・セインツ 南 980.5294–26–6 .433.340
10 ミネソタ・バイキングス 北 7100.4122–46–6 .509.454
11 シカゴ・ベアーズ 北 7100.4122–46–6 .464.370
12 アトランタ・ファルコンズ 南 7100.4123–34–8 .429.462
13 ニューヨーク・ジャイアンツ 東 6110.3533–35–7 .512.353
14 ワシントン・コマンダース 東 4130.2350–62–10 .512.338
15 アリゾナ・カージナルス 西 4130.2350–63–9 .561.588
16 カロライナ・パンサーズ 南 2150.1181–51–11 .522.500
タイブレーク
  1. カンファレンス勝率で1位が49ers、2位がカウボーイズ、3位がライオンズ
  2. 共通の対戦相手における勝率でバッカニアーズがセインツを上回り、地区優勝
  3. カンファレンス勝率でセインツがパッカーズ・シーホークスを下回り、9位確定
  4. 勝利した相手の勝率でパッカーズがシーホークスを上回る
                                       
    ワイルドカード・プレーオフディビジョナル・プレーオフ
    2024年1月15日
    レイモンド・ジェームス・スタジアム
        1月21日
    フォード・フィールド
        1月28日
    リーバイス・スタジアム
        2月11日
    アレジアント・スタジアム
     5  イーグルス  9
     4  バッカニアーズ  32 
    2024年1月14日
    フォード・フィールド
     4  バッカニアーズ  23
       3  ライオンズ  31  
     6  ラムズ  23 NFC
     3  ライオンズ  24  1月20日
    リーバイス・スタジアム
    2024年1月14日
    AT&Tスタジアム
     3  ライオンズ  31
       1  49ers  34  
    NFCチャンピオンシップ
    1月28日
    M&Tバンク・スタジアム
     7  パッカーズ  48
     7  パッカーズ  21
     2  カウボーイズ  32  
     1  49ers  24  
    2024年1月13日
    アローヘッド・スタジアム
    1月21日
    ハイマーク・スタジアム
     N1  49ers  22
       A3  チーフス  25
     6  ドルフィンズ  7 第58回スーパーボウル
     3  チーフス  26 
    2024年1月15日
    ハイマーク・スタジアム
     3  チーフス  27
       2  ビルズ  24  
     7  スティーラーズ  17 AFC
     2  ビルズ  31  1月20日
    M&Tバンク・スタジアム
    2024年1月13日
    NRGスタジアム
     3  チーフス  17
       1  レイブンズ  10  
    AFCチャンピオンシップ
     5  ブラウンズ  14
     4  テキサンズ  10
     4  テキサンズ  45  
     1  レイブンズ  34  
    • 対戦カードはレギュラーシーズン成績に基づくシード順で決定され、上位シードチームのホームで対戦する。そのラウンドに残ったチームの内の最上位シードが最下位シードと対戦するルールであるため、ディビジョナル・プレーオフの対戦カードはワイルドカードの結果により変動する。
    • スーパーボウル開催地は事前にオーナー会議で決定。その他の試合はシード上位のチームのホームで開催する。
    • チーム名の左の数字はシード順。
    • * は延長戦決着
    • 日付はアメリカ東部時間

    成績

    NFC東地区(4地区制、2002年-現在)

    年度地区優勝2位3位4位
    チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分
    2023 DAL(2w)1250 PHI(5w)1160 NYG6110 WAS4130
    2022 PHI(1s)1430 DAL(5d)1250 NYG(6d)971 WAS881
    2021 DAL(3w)1250 PHI(7w)980 WAS7100 NYG4130
    2020 WAS(4w)790 NYG6100 DAL6100 PHI4111
    2019 PHI(4w)970 DAL880 NYG4120 WAS3130
    2018 DAL(4d)1060 PHI(6d)970 WAS790 NYG5110
    2017 PHI(1v)1330 DAL970 WAS790 NYG3130
    2016 DAL(1d)1330 NYG(5w)1150 WAS880 PHI790
    2015 WAS(4w)970 PHI790 NYG6100 DAL4120
    2014 DAL(3d)1240 PHI1060 NYG6100 WAS4120
    2013 PHI(3w)1060 DAL880 NYG790 WAS3130
    2012 WAS(4w)1060 NYG970 DAL880 PHI4120
    2011 NYG(4v)970 PHI880 DAL880 WAS5110
    2010 PHI(3w)1060 NYG1060 DAL6100 WAS6100
    2009 DAL(3d)1150 PHI(6w)1150 NYG880 WAS4120
    2008 NYG(1d)1240 PHI(6c)961 DAL970 WAS880
    2007 DAL(1d)1330 NYG(5v)1060 WAS(6w)970 PHI880
    2006 PHI(3d)1060 DAL(5w)970 NYG(6w)880 WAS5110
    2005 NYG(4w)1150 WAS(6d)1060 DAL970 PHI6100
    2004 PHI(1s)1330 NYG6100 DAL6100 WAS6100
    2003 PHI(1c)1240 DAL(6w)1060 WAS5110 NYG4120
    2002 PHI(1c)1240 NYG(5w)1060 WAS790 DAL5110

    NFC東地区(3地区制、1970年-2001年)

    年度地区優勝2位3位4位5位
    チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分
    2001 PHI(3c)1150 WAS880 NYG790 ARI790 DAL5110
    2000 NYG(1s)1240 PHI(4d)1150 WAS880 DAL5110 ARI3130
    1999 WAS(3d)1060 DAL(5w)880 NYG790 ARI6100 PHI5110
    1998 DAL(3w)1060 ARI(6d)970 NYG880 WAS6100 PHI3130
    1997 NYG(3w)1051 WAS871 PHI691 DAL6100 ARI4120
    1996 DAL(3d)1060 PHI(5w)1060 WAS970 ARI790 NYG6100
    1995 DAL(1v)1240 PHI(4d)1060 WAS6100 NYG5110 ARI4120
    1994 DAL(2c)1240 NYG970 ARI880 PHI790 WAS3130
    1993 DAL(1v)1240 NYG(4d)1150 PHI880 PHO790 WAS4120
    1992 DAL(2v)1330 PHI(5d)1150 WAS(6d)970 NYG6100 PHO4120
    1991 WAS(1v)1420 DAL(5d)1150 PHI1060 NYG880 PHO4120
    1990 NYG(2v)1330 PHI(4w)1060 WAS(5d)1060 DAL790 PHO5110
    1989 NYG(2d)1240 PHI(4w)1150 WAS1060 PHO5110 DAL1150
    1988 PHI(3d)1060 NYG1060 WAS790 PHO790 DAL3130
    1987 WAS(3v)1140 DAL780 StL780 PHI780 NYG690
    1986 NYG(1v)1420 WAS(4c)1240 DAL790 PHI5101 StL4111
    1985 DAL(3d)1060 NYG(4d)1060 WAS1060 PHI790 StL5110
    1984 WAS(2d)1150 NYG(5d)970 StL970 DAL970 PHI691
    1983 WAS(1s)1420 DAL(4w)1240 StL871 PHI5110 NYG3121
    1982 WAS(1v)810 DAL(2c)630 StL(6w)531 NYG450 PHI360
    1981 DAL(2c)1240 PHI(4w)1060 NYG(5d)970 WAS880 StL790
    1980 PHI(2s)1240 DAL(4c)1240 WAS6100 StL5110 NYG4120
    1979 DAL(1d)1150 PHI(4d)1150 WAS1060 NYG6100 StL5110
    1978 DAL(2s)1240 PHI(5w)970 WAS880 StL6100 NYG6100
    1977 DAL(1v)1220 WAS950 StL770 PHI590 NYG590
    1976 DAL(2d)1130 WAS(4d)1040 StL1040 PHI4100 NYG3110
    1975 StL(3d)1130 DAL(4s)1040 WAS860 NYG590 PHI4100
    1974 StL(d)1040 WAS(d)1040 DAL860 PHI770 NYG2120
    1973 DAL(c)1040 WAS(d)1040 PHI581 StL491 NYG2111
    1972 WAS(s)1130 DAL(c)1040 NYG860 PHI491 StL2111
    1971 DAL(v)1130 WAS(d)941 PHI671 StL491 NYG4100
    1970 DAL(s)1040 NYG950 StL851 WAS680 PHI3101

    NFL東カンファレンス・首都地区(1967年-1969年)

    年地区優勝2位3位4位
    チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分
    1969 DAL(c)1121 WAS752 NO590 PHI491
    1968 DAL(c)1220 NY770 WAS590 PHI2120
    1967 DAL(n)950 PHI671 WAS563 NO3110

    NFL東カンファレンス(1953年-1966年)

    年優勝2位3位4位5位6位7位8位
    チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分
    1966 DAL(n)1031 CLE950 PHI950 StL851 WAS770 PIT581 ATL3110 NY1121
    スーパーボウル開始
    1965 CLE(n)1130 DAL770 NY770 WAS680 PHI590 StL590 PIT2120
    1964 CLE(v)1130 StL932 PHI680 WAS680 DAL581 PIT590 NY2102
    1963 NY(n)1130 CLE1040 StL950 PIT743 DAL4100 WAS3110 PHI2102
    1962 NY(n)1220 PIT950 CLE761 WAS572 DAL581 StL491 PHI3101
    1961 NY(n)1031 PHI1040 CLE851 StL770 PIT680 DAL491 WAS1121
    1960 PHI(v)1020 CLE831 NY642 StL651 PIT561 WAS192
    1959 NY(n)1020 CLE750 PHI750 PIT561 WAS192 CHC2100
    1958 NY(n)930 CLE930 PIT741 WAS471 CHC291 PHI291
    1957 CLE(n)921 NY750 PIT660 WAS561 PHI480 CHC390
    1956 NY(v)831 CHC750 WAS660 CLE570 PIT570 PHI381
    1955 CLE(v)921 WAS840 NY651 CHC471 PHI471 PIT480
    1954 CLE(v)930 PHI741 NY750 PIT570 WAS390 CHC2100
    1953 CLE(n)1110 PHI741 WAS651 PIT660 NY390 CHC1101

    NFLアメリカン・カンファレンス(1950年-1952年)

    年優勝2位3位4位5位6位
    チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分
    1952 CLE(n)840 NY750 PHI750 PIT570 CHC480 WAS480
    1951 CLE(n)1110 NYG921 WAS570 PIT471 PHI480 CHC390
    1950 CLE(v)102x NYG102x PHI66x PIT66x CHC57x WAS39x

    NFL東地区(1933年-1949年)

    年優勝2位3位4位5位
    チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分
    1949 PHI(v)1110 PIT651 NYG660 WAS471 NYB1101
    1948 PHI(v)921 WAS750 NY480 PIT480 BOS390
    1947 PHI(n)840 PIT840 BOS471 WAS480 NY282
    1946 NY(n)731 PHI650 WAS551 PIT551 BOS281
    1945 WAS(n)820 PHI730 NY361 BOS361 PIT280
    1944 WAS(n)631 NY631 PHI730 BOS281 BK0100
    1943 WAS(n)631 NY631 Phil-Pitt541 BK280
    1942 WAS(v)1010 PIT740 NY551 BK380 PHI290
    1941 NY(n)830 BK740 WAS650 PHI281 PIT191
    1940 WAS(n)920 NY830 BK641 PIT272 PHI1100
    1939 NY(n)911 WAS821 BK461 PHI191 PIT191
    1938 NY(v)821 WAS632 BK443 PHI560 PIT290
    1937 WAS(v)830 NY632 PIT470 BK371 PHI281
    1936 BOS(n)750 PIT660 NY561 BK381 PHI1110
    1935 NY(n)930 BK561 PIT480 BOS281 PHI290
    1934 NY(v)850 BOS660 BK470 PHI470 PIT2100
    1933 NY(n)1130 BK541 BOS552 PHI351 PIT362

    主な選手

    永久欠番

    フィラデルフィア・イーグルス 永久欠番一覧
    背番号 選手 ポジション 在籍期間
    5ドノバン・マクナブDonovan McNabbQB1999–2009
    15スティーブ・バンビューレンSteve Van BurenHB1944–1951
    20ブライアン・ドーキンスBrian DawkinsS1996–2008
    40トム・ブルックシャーTom BrookshierCB1953–1961
    44ピート・レツラフPete RetzlaffRB, WR, TE1956–1966
    60チャック・ベドナリクChuck BednarikLB1949–1962
    70アル・ウィスタートAl WistertOT1943–1951
    92レジー・ホワイトReggie WhiteDE1985–1992
    99ジェローム・ブラウンJerome BrownDT1987–1991

    永久欠番にはなっていないものの以下の番号は選手の栄誉を讃え、現在使用されていない。

    プロフットボール殿堂入り

    プロフットボール殿堂入りメンバー一覧
    選手
    背番号名前ポジション在籍期間選出年
    15スティーブ・バンビューレンSteve Van BurenHB1944–19511965
    60チャック・ベドナリクChuck BednarikC, LB1949–19621967
    53アレックス・ウォジコビッツAlex WojciechowiczC, DT1946–19501968
    35ピート・ピホスPete PihosTE, DE1947–19551970
    56ビル・ヒューイットBill HewittEnd, FB1937–1939, 19431971
    11ノーム・バン・ブルックリンNorm Van BrocklinQB1958–19601971
    33オーリー・マトソンOllie MatsonRB1964–19661972
    54ジム・リンゴJim RingoC1964–19671981
    9ソニー・ジャーゲンセンSonny JurgensenQB1957–19631983
    98, 99マイク・ディトカMike DitkaTE1967–19681988
    86バド・グラントBud GrantWR, DE1951–19521994
    25トミー・マクドナルドTommy McDonaldWR1957–19631998
    80ジェームズ・ロフトンJames LoftonWR19932003
    76ボブ・ブラウンBob BrownOT1964–19682004
    92レジー・ホワイトReggie WhiteDE1985–19922006
    85アート・モンクArt MonkWR19952008
    95リチャード・デントRichard DentDE19972011
    80クリス・カーターCris CarterWR1987–19892013
    87クロード・ハンフリーClaude HumphreyDE1979–19812014
    20ブライアン・ドーキンスBrian DawkinsS1996–20082018
    81テレル・オーウェンスTerrell OwensWR2004-20052018
    17ハロルド・カーマイケルHarold CarmichaelWR1971-19832020
    コーチ・エグゼクティブ
    名前役職在籍期間選出年
    バート・ベルBert Bellオーナー、創設者1933–19401963
    ヘッドコーチ1936–1940
    ウェイン・ミルナーWayne Millnerアシスタントコーチ19511968
    グリージー・ニールGreasy Nealeヘッドコーチ1941–19501969
    マイク・マコーマックMike McCormackヘッドコーチ1973–19751984

    Eagles Hall of Fame

    • 1987年 チャック・ベドナリク、バート・ベル、ハロルド・カーマイケル、ビル・ヒューイット、ソニー・ジャーゲンセン、ウィルバート・モンゴメリー、アール・ニール、ピート・ピホス、オーリー・マトソン、ジム・リンゴ、ノーム・バン・ブルックリン、スティーブ・バンビューレン、アレックス・ウォジコビッツ
    • 1988年 ビル・バージェイ、トミー・マクドナルド
    • 1989年 トム・ブルックシャー、ピート・レッツラフ
    • 1990年 ティミー・ブラウン
    • 1991年 ジェリー・シセモア、スタン・ウォルターズ
    • 1992年 ロン・ジャウォースキー
    • 1993年 ビル・ブラッドリー
    • 1994年 ディック・ヴァーミール
    • 1995年 ジム・ギャラガー、マイク・クイック
    • 1996年 ジェローム・ブラウン
    • 1999年 オットー・デービス
    • 2006年 レジー・ホワイト
    • 2009年 アル・ウィスタート、ランドール・カニンガム
    • 2011年 エリック・アレン、ジム・ジョンソン
    • 2012年 レオ・カーリン、ブライアン・ドーキンス、トロイ・ビンセント
    • 2013年 ドノバン・マクナブ
    • 2015年 ブライアン・ウェストブルック、マクシー・ボウアン
    • 2016年 ジェレミア・トロッター、マーリル・レッセ
    • 2017年 デイビッド・エイカーズ
    • 2018年 セス・ジョイナー、クライド・シモンズ
    • 2019年 ボビー・ウォルストン
    • 2021年 トラ・トーマス、ジョン・ランヤン
    • 2022年 ヒュー・ダグラス、トレント・コール

    75周年記念チーム

    歴代ヘッドコーチ

    • ラッド・レイ (1933-1935)
    • バート・ベル (1936-1940)
    • グリージー・ニール (1941-1950)
    • ボー・マクミリン (1951)
    • ウェイン・ミルナー (1951)
    • ジム・トリンブル (1952-1956)
    • ヒュー・デヴォア (1956-1957)
    • バック・ショウ (1958-1960)
    • ニック・スコリッチ (1961-1963)
    • ジョー・クハリッチ (1964-1968)
    • ジェリー・ウィリアムズ (1969-1971)
    • エド・ハヤート (1971-1972)
    • マイク・マコーマック (1973-1975)
    • ディック・ヴァーミール (1976-1982)
    • マリオン・キャンベル (1983-1985)
    • フレッド・ブルーニー (1985)
    • バディ・ライアン (1986-1990)
    • リッチ・コータイト (1991-1994)
    • レイ・ローズ (1995-1998)
    • アンディ・リード (1999-2012)
    • チップ・ケリー (2013-2015)
    • ダグ・ピーダーソン (2016-2020)
    • ニック・シリアニ (2021- )

    脚注

    注釈

    1. 2007年6月以降、フィラデルフィアで最も高いコムキャスト・センター(296.7m)の屋上にウィリアム・ペン像のレプリカが設置されている

    出典

    1. “Philadelphia Eagles (1933-Present)”. sportsecyclopedia.com. 2019年1月14日閲覧。
    2. “Miracle at the Meadowlands”. プロフットボール殿堂. 2012年1月2日閲覧。
    3. Steve Wulf (1981年2月2日). “He Had The Winning Hands”. スポーツ・イラストレイテッド. 2013年1月2日閲覧。
    4. “イーグルス、キャンプ2日前に新守備コーディネーター発表”. NFL JAPAN (2009年7月25日). 2013年1月2日閲覧。
    5. “イーグルスの鉄壁守備築いた名コーチ、ジョンソン氏が68歳で死去”. NFL JAPAN (2009年7月29日). 2013年1月2日閲覧。
    6. “オバマ大統領がイーグルス称賛、ビックに再起のチャンス”. NFL JAPAN (2010年12月28日). 2010年12月29日閲覧。
    7. “2012年スケジュール”. NFL JAPAN. 2013年1月2日閲覧。
    8. “イーグルス、14年に渡るリードHC時代に終止符”. NFL JAPAN (2013年1月1日). 2013年1月2日閲覧。
    9. 河田剛 (2012年10月18日). ““数字は嘘をつかず”、イーグルスDC解雇の真意とは”. NFL JAPAN. 2013年1月2日閲覧。
    10. “イーグルス新HC、心変わりの理由明かさず”. NFL JAPAN (2013年1月17日). 2013年1月18日閲覧。
    11. “【第52回スーパーボウル】イーグルスの初勝利なるか、ペイトリオッツの2連覇か!?”. NFL JAPAN (2018年2月5日). 2018年2月5日閲覧。
    12. “Why did Eagles coach Doug Pederson bench Jalen Hurts for Nate Sudfeld vs. Washington?”. 2021年1月5日閲覧。
    13. “ニック・シリアニがイーグルス新HCに就任へ、DCはジョナサン・ギャノン”. NFL JAPAN (2021年1月25日). 2021年2月3日閲覧。
    14. W1STマクファーソン W2CBスレイ W3、W14DEグラハム W4LBレディック W5Kディッカー W12、W13QBハーツ W18Kエリオット
    15. “In Depth: America's Most Die-Hard Football Fans”. フォーブス (2008年9月1日). 2021年2月10日閲覧。

    関連項目

    • メドウランズの奇跡 - ニューヨーク・ジャイアンツとの試合でリードされて残り時間わずかで相手QBがイート・ザ・ボールをすればそのまま敗れるところだったが、イーグルスのディフェンスが相手QBに激しく当たっていたためジャイアンツはフルバック(ラリー・ゾンカ)にボールを持たせるプレーを選択したがハンドオフミスによるファンブル、ハーマン・エドワーズがリカバーしてタッチダウンをあげて奇跡的な勝利をもたらした。2010年には同じく敵地でのジャイアンツとの試合で、試合残り時間わずかでリターナーのデショーン・ジャクソンが一度は落としたボールを拾い上げてパントリターンタッチダウンをあげ逆転勝利を飾り、新メドウランズの奇跡と呼ばれた。

    外部リンク

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