1982年のパシフィック・リーグプレーオフ
1982年のパシフィック・リーグプレーオフは、1982年10月にプロ野球パシフィック・リーグの前期優勝チームと後期優勝チームの2球団で行われたプレーオフである。本年をもって前後期制によるプレーオフ制度は廃止された。
| 1982年のパシフィック・リーグプレーオフ | |
|---|---|
| ゲームデータ | |
| 優勝 西武ライオンズ 19年ぶり6度目のリーグ優勝 | |
| MVP | 大田卓司 |
| 優勝チーム監督 | 広岡達朗 |
| 進出 | 1982年の日本シリーズ |
| プレーオフ | |
| 開催日程 | 10月9日 - 14日 |
| 球場 |
西武ライオンズ球場(第1-2戦) 後楽園球場(第3-4戦) |
| 勝利チーム | 西武ライオンズ |
| 対戦相手 | 日本ハムファイターズ |
| 勝敗 | 3勝1敗 |
| 前期・後期優勝チーム | |
| 前期優勝 | 西武ライオンズ36勝27敗2分 勝率 .569 |
| 後期優勝 | 日本ハムファイターズ35勝23敗7分 勝率 .592 |
| < 19812004 > | |
概要
この年のパシフィック・リーグのプレーオフは前期優勝の西武ライオンズと後期優勝の日本ハムファイターズとの間で争われた。本年をもって前後期制によるプレーオフ制度は廃止され、翌年以降はシーズン上位2位によるプレーオフ制度に移行されたが、実施されることがなかった。
第1戦
西武の先発は1980年まで日本ハムに在籍していた高橋直樹、一方の日本ハムはプレーオフ1ヶ月前に右手小指を骨折し、プレーオフは絶望と見られていた西武キラーの工藤幹夫の先発で始まった。8回表までは両軍無得点で進んだが8回裏、西武は7回途中から登板の江夏豊を攻め、一死満塁のチャンスを掴んだ。ここで代打・大田卓司が中前に2点適時打を放ち、均衡を破った。さらに続く石毛宏典も左前にタイムリーを放ち、江夏をノックアウト。この回さらに3点を加えた西武が6-0で初戦を物にした。
第2戦
西武は1回裏、田淵幸一の適時打で先制、しかし日本ハムは6回表クルーズの適時打で同点に追いつき、7回表には古屋英夫の本塁打で勝ち越しに成功した。しかし西武は前日に続いて8回裏に江夏を捕らえ、大田の適時打で3-2と逆転、9回は森繁和が抑えて逃げ切り、リーグ優勝に王手をかけた。松沼雅之をリリーフした新人19歳の工藤公康が勝利投手となった。
結果
| 日付 | 試合 | ビジター球団(先攻) | スコア | ホーム球団(後攻) | 開催球場 |
| 10月9日(土) | 第1戦 | 日本ハムファイターズ | 0 - 6 | 西武ライオンズ | 西武ライオンズ球場 |
| 10月10日(日) | 第2戦 | 日本ハムファイターズ | 2 - 3 | 西武ライオンズ | |
| 10月11日(月) | 第3戦 | 雨天中止 | 後楽園球場 | ||
| 10月12日(火) | 西武ライオンズ | 1 - 2 | 日本ハムファイターズ | ||
| 10月13日(水) | 休養日 | ||||
| 10月14日(木) | 第4戦 | 西武ライオンズ | 7 - 5 | 日本ハムファイターズ | 後楽園球場 |
| 年間優勝:西武ライオンズ | |||||
|---|---|---|---|---|---|
表彰選手
- 最優秀選手 大田卓司(西)
- 敢闘賞 工藤幹夫(日)
- 優秀選手 テリー・ウィットフィールド(西)、田淵幸一(西)、トミー・クルーズ(日)
テレビ・ラジオ放送
関連項目
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