ダンシング・クイーン
「ダンシング・クイーン」(原題:Dancing Queen)は、スウェーデンのコーラス・グループ、ABBAの代表曲の一つで、1976年にリリースしたシングル。
| 「ダンシング・クイーン」 | |||||||
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| ABBA の シングル | |||||||
| 初出アルバム『アライバル』 | |||||||
| B面 | ザッツ・ミー | ||||||
| リリース | |||||||
| 規格 | 7インチシングル | ||||||
| ジャンル | ディスコ | ||||||
| 時間 | |||||||
| レーベル |
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| 作詞・作曲 | ベニー・アンダーソン、スティッグ・アンダーソン、ビョルン・ウルヴァース | ||||||
| プロデュース | ベニー・アンダーソン、ビョルン・ウルヴァース | ||||||
| ゴールドディスク | |||||||
| ゴールドディスク | |||||||
| チャート最高順位 | |||||||
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| ABBA シングル 年表 | |||||||
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ローリング・ストーンの選ぶオールタイム・グレイテスト・ソング500(2010年版)では174位にランクされている[1]。
解説
作詞及び作曲は、ベニー・アンダーソン(Benny Andersson)とスティッグ・アンダーソン(Stig Anderson)とビョルン・ウルヴァース(Björn Ulvaeus)。
公式に初めて披露されたのは、1976年6月18日に結婚したカール16世グスタフとジルフィア・レナーテ・ゾマラートの結婚披露宴の際。この模様はスウェーデン国営放送で放送されている[2]。
ビルボード(Billboard)誌では、1977年4月9日に、週間ランキング1位を獲得[3]。ビルボード誌1977年年間ランキングでは27位[3]。 全英シングルチャートにおいては1976年9月4日〜10月9日にかけて6週連続1位[4]に輝き、1976年間チャートでは4位にランクインしている。
世界13か国で1位となり、全世界で300万枚、日本で50万枚を売り上げた[5]。
2014年に、日本限定の企画アルバム『ABBA 40/40〜ベスト・セレクション』発売にあたって、アバの日本公式サイトで実施したファン投票で1位にランクインされた[5]。
「ダンシング・クイーン」は、英語・フランス語・ドイツ語、スペイン語、スウェーデン語のヴァージョンが作られた。
ビルボード誌の集計では、アバにとっては、「テイク・ア・チャンス(Take a Chance on Me)」に次ぐヒット曲となった。
主なカヴァー
- arie
- A*Teens
- 川村万梨阿 (1998年にメルダックより発表された、五人の女性声優〔川村の他には井上喜久子、かないみか、篠原恵美、日髙のり子の四名〕によるオリビア・ニュートン=ジョンと ABBA のカヴァーアルバム「ダンシング・クイーン」にてカヴァー。このアルバムに於いては、奇数番トラックが ABBA の曲、偶数番トラックがオリビア・ニュートン=ジョンの曲という構成になっていた。川村による「ダンシング・クイーン」は一曲目である)
- キャロル・ダグラス(シングル盤のスリーヴの表記から見て、恐らくこれが史上初のこの曲のカヴァーと推定される)
- 小比類巻かほる
- シェール
- P
- Little Glee Monster
- キャンディーズ
脚注
- 500 Greatest Songs of All Time: Abba, 'Dancing Queen' | Rolling Stone
- 2011年7月30日放送『北欧スペシャル 北欧から世界へ~ABBA 時代が求めたハーモニー』(NHK BSプレミアム)より。
- FM Fan編集部『ミュージック・データ・ブック 1955年-95年ビルボード年間チャート完全収録』共同通信社、1996年。ISBN 978-4-7641-0367-2。
- “ChartArchive - ABBA - Dancing Queen”. 2012年7月1日閲覧。
- ABBA、ファン投票で日本限定ベスト盤、日刊スポーツ、2014年3月3日 7:21。
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