アンドレイ・パナディッチ
アンドレイ・パナディッチ(Andrej Panadić、1969年3月9日 - )は、クロアチア(旧ユーゴスラビア)ザグレブ出身の元サッカー選手。
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|---|---|---|---|---|---|---|
![]() 2016年のパナディッチ | ||||||
| 名前 | ||||||
| 愛称 | パナ | |||||
| ラテン文字 | Andrej PANADIĆ | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1969年3月9日 | |||||
| 出身地 | ザグレブ | |||||
| 身長 | 188cm | |||||
| 体重 | 84kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | DF | |||||
| 代表歴 | ||||||
| 1989-1990 |
| 3 | (0) | |||
| ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
長身で空中戦に強く、ディフェンスリーダーとしての統率力も高いセンターバック。「パナ」の愛称で親しまれた。スキンヘッドの風貌が特徴。
経歴
クロアチア出身のパナディッチは母国のクロアチアのディナモ・ザグレブ、当時ドイツ2部のケムニッツァーFCやKFCユルディンゲン、ドイツ・ブンデスリーガの名門ハンブルガーSVなどでプレー。ハンブルガーSV時代はUEFAチャンピオンズリーグ本大会にも出場、アウェーのスタディオ・デッレ・アルピで行われた試合でユヴェントスを3‐1で破るなどの好結果に貢献した。
2001年にイビチャ・オシム監督率いるオーストリア・ブンデスリーガのSKシュトゥルム・グラーツに移籍。しかしレギュラーに定着するには至らず、僅か1シーズンで退団。
2002年6月に名古屋グランパスエイトに移籍。名古屋では3バックのリベロとして活躍したが、2004年のナビスコカップのジュビロ戦で負傷し、6月に解雇された。試合中でも、パナコールに、手をあげてこたえる愛らしさも、好まれた。2005年1月にはオーストリア2部のFCケルンテンのテストを受けたが、左膝の負傷を機に引退した。
2008年に08-09年シーズンから名古屋時代のチームメイトであったヴァスティッチが在籍するオーストリア・ブンデスリーガのLASKリンツの監督に就任することが発表された。
ディナモ・ザグレブ在籍中の1989年にユーゴスラビア代表に初選出される。ワールドカップイタリア大会のメンバーにもエントリーされたが、試合出場はなかった。
所属クラブ
NKラドニク- 1988年-1991年
ディナモ・ザグレブ - 1991年-1992年
ヒット・ゴリツァ - 1992年-1994年
クロアチア・ザグレブ - 1994年-1996年
ケムニッツFC - 1996年-1997年
KFCユルディンゲン05 - 1997年
ハンブルガーSV - 1998年
KFCユルディンゲン05 - 1998年-2001年
ハンブルガーSV - 2002年
SKシュトゥルム・グラーツ - 2002年6月-2004年6月
名古屋グランパスエイト
指導歴
- 2008年
LASKリンツ - 2016年
NKイストラ1961
個人成績
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| ユーゴスラビア | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | |||||||
| 1988-89 | ディナモ・ザグレブ | 28 | 3 | ||||||||
| 1989-90 | 30 | 4 | |||||||||
| 1990-91 | 18 | 0 | |||||||||
| スロベニア | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | |||||||
| 1991-92 | ヒット・ゴリツァ | 20 | 0 | ||||||||
| クロアチア | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | |||||||
| 1992-93 | クロアチア・ザグレブ | 29 | 3 | ||||||||
| 1993-94 | 23 | 4 | |||||||||
| ドイツ | リーグ戦 | リーグ杯 | DFBポカール | 期間通算 | |||||||
| 1994-95 | ケムニッツ | ブンデス2部 | 32 | 4 | |||||||
| 1995-96 | 33 | 2 | |||||||||
| 1996-97 | ユルディンゲン | 31 | 2 | ||||||||
| 1997-98 | ハンブルガー | ブンデス1部 | 13 | 2 | |||||||
| 1997-98 | ユルディンゲン | ブンデス2部 | 14 | 1 | |||||||
| 1998-99 | ハンブルガー | ブンデス1部 | 26 | 2 | |||||||
| 1999-00 | 29 | 1 | |||||||||
| 2000-01 | 24 | 0 | |||||||||
| 2001-02 | 9 | 0 | |||||||||
| オーストリア | リーグ戦 | リーグ杯 | オーストリア杯 | 期間通算 | |||||||
| 2001-02 | シュトゥルム・グラーツ | ブンデスリーガ | 14 | 1 | |||||||
| 日本 | リーグ戦 | リーグ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 2002 | 名古屋 | 37 | J1 | 22 | 0 | - | 3 | 0 | 25 | 0 | |
| 2003 | 3 | 26 | 3 | 4 | 0 | 2 | 0 | 32 | 3 | ||
| 2004 | 3 | 0 | 2 | 0 | - | 5 | 0 | ||||
| 通算 | ユーゴスラビア | 76 | 7 | ||||||||
| スロベニア | 20 | 0 | |||||||||
| クロアチア | 52 | 7 | |||||||||
| ドイツ | ブンデス1部 | 101 | 5 | ||||||||
| ドイツ | ブンデス2部 | 110 | 9 | ||||||||
| オーストリア | 14 | 1 | |||||||||
| 日本 | J1 | 51 | 3 | 6 | 0 | 5 | 0 | 62 | 3 | ||
| 総通算 | 424 | 32 | |||||||||
代表歴
- ユーゴスラビア代表
- 1990年 FIFAワールドカップ(0試合0得点)
- クロアチア代表
外部リンク
- アンドレイ・パナディッチ - National-Football-Teams.com (英語)
- アンドレイ・パナディッチ - Soccerway.com (英語)
- アンドレイ・パナディッチ - FootballDatabase.eu (英語)
- アンドレイ・パナディッチ - WorldFootball.net (英語)
- アンドレイ・パナディッチ - Transfermarkt.comによる選手データ (英語)
- アンドレイ・パナディッチ - Transfermarkt.comによる指導者データ (英語)
- アンドレイ・パナディッチ - FIFA主催大会成績 (英語)
- アンドレイ・パナディッチ - J.League Data Siteによる選手データ
- クロアチアに行こう!! - archive.today(2013年4月27日アーカイブ分) - インタビュー(2005年7月8日)
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