イギリス領トーゴランド

イギリス領トーゴランド(英語: British Togoland)は、イギリスが西アフリカに1916年から1956年の間所有していた領土。正式名称は委任統治領トーゴランド(Mandate Territory of Togoland)、後に信託統治領トーゴランド(Trust Territory of Togoland)と改名される。

イギリス領トーゴランド
British Togoland
← ドイツ領トーゴラント 1916年 - 1956年 英領ゴールド・コースト →
イギリス領トーゴランドの国旗 イギリス領トーゴランドの国章
(国旗) (国章)
国歌: God Save the King
国王陛下万歳
God Save the Queen
女王陛下万歳
イギリス領トーゴランドの位置
左:イギリス領トーゴランド
右:フランス領トーゴランド
公用語 英語(公用語)
ガーナ・トーゴ山脈語群
グベ語群
グル語群
首都 ホ
元首等
xxxx年 - xxxx年 不明
変遷
アフリカ戦線 1914年8月27日
分割1916年12月27日
国際連盟B級委任統治領1922年7月20日-1946年4月20日
国際連合信託統治領1946年12月13日-1957年3月6日
黄金海岸に併合1956年12月13日
ガーナの一部として独立1957年3月6日
通貨西アフリカ・ポンド
現在ガーナの旗 ガーナ

歴史

1916年、第一次世界大戦のアフリカ戦線で、イギリスとフランスはドイツから独領トーゴラントを奪った。2国はトーゴラントを東西に分割し、西側を英領トーゴランド、東側を仏領トーゴランドとした。大戦後、両トーゴランドは国際連盟のB級委任統治領になった。

1922年、両トーゴランドは正式に両国の植民地の一部となった。

第二次世界大戦後は、国際連合の信託統治領となりイギリスが支配した。

1954年、イギリス政府は国連に対し、1957年以降は信託統治領を支配出来ないと伝えた。

1955年12月、国連総会はイギリスに対し、トーゴランドでの国民投票を提案した。

1956年5月9日、国民投票が行われた。国民の58%は西隣の英領ゴールド・コースト(イギリスの直轄植民地)との合併を望んだ。42%は黄金海岸ではなく、エウェ人の統一国家を建国する為に東隣のフランス領トーゴランドとの合併を望んだ[1]。12月13日、国連総会は決議1044号「イギリス支配下のトーゴランドの将来」を採択し、国民投票結果を認めた。

1957年3月6日、黄金海岸と合併し、ガーナとして独立した[2][3]。首都のホはヴォルタ州の州都になった。

脚注

This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.