エイドリアン・サンチェス

エイドリアン・アルトゥーロ・サンチェス・トマス(Adrián Arturo Sánchez Tomas, 1990年8月16日 - )は、 ベネズエラのスリア州マラカイボ出身の元プロ野球選手(内野手)。右投右打。愛称はエル・チャモ(El Chamo - スペイン語で「やんちゃ坊主」の意)[1]。

エイドリアン・サンチェス
Adrián Sánchez
2017年8月13日
基本情報
国籍 ベネズエラの旗 ベネズエラ
出身地 スリア州マラカイボ
生年月日 (1990-08-16) 1990年8月16日(33歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
160 lb =約72.6 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 二塁手、遊撃手、三塁手
プロ入り 2007年 アマチュアFA
初出場 2017年6月30日
最終出場 2021年9月12日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム コロンビアの旗 コロンビア
WBC 2017年、2023年

経歴

プロ入りとナショナルズ時代

2007年1月21日にワシントン・ナショナルズと契約し、プロ入り[2]。契約後、傘下のルーキー級ドミニカン・サマーリーグ・ナショナルズでプロデビュー。42試合に出場して打率.269、1本塁打、19打点、4盗塁を記録した。[2]。

2008年もルーキー級ドミニカン・サマーリーグ・ナショナルズでプレーし、59試合に出場して打率.276、3本塁打、32打点、21盗塁を記録した[2]。

2009年にアメリカ本土へ渡る。この年はルーキー級ガルフ・コーストリーグ・ナショナルズでプレーし、24試合に出場して打率.246、5打点、3盗塁を記録した[2]。

2010年はルーキー級ガルフ・コーストリーグ・ナショナルズとA級ヘイガーズタウン・サンズでプレーし、2球団合計で54試合に出場して打率.350、4本塁打、36打点、4盗塁を記録した[2]。

2011年はA級ヘイガーズタウンでプレーし、131試合に出場して打率.262、3本塁打、51打点、25盗塁を記録した[2]。

2012年はA+級ポトマック・ナショナルズでプレーし、101試合に出場して打率.269、3本塁打、32打点、25盗塁を記録した[2]。

2013年もA+級ポトマックでプレーし、120試合に出場して打率.241、1本塁打、42打点、8盗塁を記録した[2]。

2014年はA+級ポトマックとAA級ハリスバーグ・セネターズでプレーし、2球団合計で118試合に出場して打率.236、3本塁打、38打点、11盗塁を記録した[2]。

2015年はルーキー級ガルフ・コーストリーグ・ナショナルズ、A+級ポトマック、AA級ハリスバーグでプレーし、3球団合計で82試合に出場して打率.280、3本塁打、22打点、9盗塁を記録した[2]。

2016年はAA級ハリスバーグとAAA級シラキュース・チーフスでプレーし、2球団合計で111試合に出場して打率.249、28打点、7盗塁を記録した[2]。

2017年はシーズン開幕前の3月に開催された第4回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)のコロンビア代表に選出された。シーズンでは開幕をAA級ハリスバーグで迎え、AAA級シラキュースを経て、6月30日にトレイ・ターナーが故障者リスト入りしたため、メジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[3]。同日のセントルイス・カージナルス戦にて代打でメジャーデビュー[4]。この年はメジャーで34試合に出場して打率.268、11打点を記録した[2]。

優勝パレードにて
(2019年11月2日)

2018年はメジャー28試合に出場し、打率.276、3打点を記録した。

2019年はAA級ハリスバーグで開幕を迎えた。また4月14日の試合において、ナショナルズ傘下マイナーでの出場試合数が1000試合に到達した[5]。5月以降はメジャーとマイナーの昇降格を計5回繰り返し、この年も28試合の出場に終わった。

2020年はメジャーでの出場機会はなく、またマイナーリーグが新型コロナウイルスの感染拡大の影響で開催されなかったため、公式戦の出場はなかった。10月9日にマイナー契約となり、AAA級フレズノ・グリズリーズ[注 1]に送られた[6]。

2021年はAAA級ロチェスター・レッドウイングス[注 2]で開幕を迎え、7月30日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入り。16試合に出場した。オフの10月6日にFAとなった[2]。11月10日にマイナー契約でナショナルズと再契約を結んだ[2]。

2022年は、スプリングトレーニングに招待選手として参加した[7]。開幕後はAAA級ロチェスターに所属し、79試合出場、打率.239、2本塁打、29打点、3盗塁を記録したが、オフの11月10日にFAとなった[2]。

独立リーグ時代

2023年はシーズン開幕前の3月に開催された第5回WBCのコロンビア代表に選出された。4月24日にアトランティックリーグのスタテンアイランド・フェリーホークスと契約した。28試合に出場して打率.307を記録していたが、シーズン中の6月10日に現役を引退することが発表された[8]。

詳細情報

年度別打撃成績

年

度
球

団
試

合
打

席
打

数
得

点
安

打
二
塁
打
三
塁
打
本
塁
打
塁

打
打

点
盗

塁
盗
塁
死
犠

打
犠

飛
四

球
敬

遠
死

球
三

振
併
殺
打
打

率
出
塁
率
長
打
率
O
P
S
2017 WSH 34757161970026110220101252.268.288.366.654
2018 285958816210203000010080.276.288.345.633
2019 28323137000710000100100.226.250.226.476
2021 16383559200111000031042.257.316.314.630
MLB:4年 1062041952251111064160220611474.262.287.328.615
  • 2021年度シーズン終了時

年度別守備成績

内野守備
年
度
球
団
一塁(1B)二塁(2B)三塁(3B)遊撃(SS)
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
2017 WSH -101314011.0007113031.0008101814.966
2018 -131413031.000723011.000-
2019 180001.000401001.00061511.857201001.000
MLB 180001.000272728041.0002042115.96210101914.967
外野守備
年
度
球
団
左翼(LF)
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
2019 WSH 10000----
MLB 10000----
  • 2020年度シーズン終了時

背番号

  • 5(2017年 - 2019年)
  • 9(2021年)

代表歴

脚注

注釈

  1. 2019年よりナショナルズ傘下
  2. 2021年よりナショナルズ傘下

出典

  1. Explaining Nats Players Weekend nicknames MLB.com (英語) (2017年8月25日) 2018年3月8日閲覧
  2. MLB公式プロフィール参照。2023年8月14日閲覧。
  3. “Washington Nationals place Trea Turner on DL; call up Adrian Sanchez...” (英語). SB Nation (2017年6月30日). 2018年3月8日閲覧。
  4. Mark Zuckerman (2017年6月30日). “Nationals routed by Cardinals, 8-1, in weekend opener” (英語). masnsports.com. http://www.masnsports.com/nationals-pastime/2017/06/nationals-routed-by-cardinals-8-1-in-weekend-opener.html 2018年3月8日閲覧。
  5. Jesse Dougherty (2019年4月15日). “After 1,000 minor league games, all with the Nationals, Adrián Sanchez remains patient”. The Washington Post. 2023年8月14日閲覧。
  6. “Nationals Outright 4 Players” (英語). MLB Trade Rumors. 2020年10月10日閲覧。
  7. “Washington Nationals announce 2022 non-roster invitees” (英語). MLB.com Press Release (2022年3月14日). 2022年3月14日閲覧。
  8. “Adrian Sanchez: Announces retirement”. cbssports.com (2023年6月11日). 2023年8月6日閲覧。

関連項目

外部リンク

This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.